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2011年7月28日のブックマーク (4件)

  • CPUの歴史 - アンサイクロペディア

    約400万年前[編集] 手の指 この頃から人類が二足歩行を始めたため、手の指で演算を行う事が可能になった。ビット数は指の数と同じ10。ただし二進数が知られていなかったので、1から10まで数えるのが限界であった。そもそも、器用なヒト以外は小指だけを曲げるのが難しく、薬指もつられて曲がるので、2進法の実現は無理であったという説もある。しかも3を超える数が数えられない(4以上の数は全て"たくさん")時代が長く続き、CPUに処理能力が追いつかないのが現状であった。動作周波数は2Hz程度が限界(口でいち、に、さんと数えて、1秒でふたつ数えるのが限界)。 ~1970年[編集] 1000 (TI) - TMS1000 実質的な性能で「ご近所で最初のCPU」のひとつ。イラン空軍所有のF14トムキャットでは2010年も現役そのままで使用中。 1001 (Intel) 最初期のCPU。この当時はまだトランジス

    tencube
    tencube 2011/07/28
    なにげにニヤリとさせられるネタが多い
  • asahi.com(朝日新聞社):小松左京さんが死去 「日本沈没」「復活の日」 - おくやみ・訃報

    印刷 作家の小松左京さん=大阪府箕面市、伊藤菜々子撮影  「日沈没」「復活の日」などのベストセラーで知られ、日SF小説界の第一人者である作家の小松左京(こまつ・さきょう、名・實=みのる)さんが、26日午後4時36分、肺炎のため、死去した。80歳だった。葬儀・告別式は親族で済ませた。  1931年、大阪市生まれ。京都大文学部卒。在学中に漫画を描き、同人誌などに小説を発表する。作家の故高橋和巳とは学生時代からの同人誌仲間で、ライバルだった。  ラジオのニュース漫才の台を執筆する一方、米国のSF小説に影響を受け、61年、「SFマガジン」のコンテストで「地には平和を」が入選。以後、生物兵器ウイルスと核戦争による人類滅亡を描いた「復活の日」や社会性の強い「日アパッチ族」「終わりなき負債」、超能力者スパイをめぐる活劇「エスパイ」、第6回SF大賞を受賞した「首都消失」など多くの話題作を送り出し

    tencube
    tencube 2011/07/28
  • IDEA * IDEA

    ドットインストール代表のライフハックブログ

    tencube
    tencube 2011/07/28
    コマ撮りアニメおもしろい
  • 大手メーカーの特許戦略はぬる過ぎる 履歴書23通目で入社、そこで見た仰天の企業活動とは | JBpress (ジェイビープレス)

    恥ずかしながら、私には2回、失業した経験がある。2回ともハローワークに通い、失業保険のお世話になった。 稿は、最初の失業時の体験に基づく特許の話である。私は2002年10月に日立製作所を早期退職した(その顛末は連載の最初に詳述した)。その後、半導体エネルギー研究所という会社に転職した。 失業中に、私は22の会社に履歴書を送ったが、すべて空振り。半導体エネルギー研究所は、23通目の履歴書を送った会社であり、初めて面接に到達し、そして採用された会社だ。 半導体エネルギー研究所は、半導体や液晶などの研究開発を行い、その結果を基に特許を取得し、基的にその特許の権利行使だけで利益を上げ続けている極めて珍しい形態の会社である。 仕事は刺激的で面白かったのだが、社長の山﨑舜平氏とウマが合わず、「明日から来ないでくれ」と言われ、転職してからたった半年で退職することになってしまった。その結果、2003

    大手メーカーの特許戦略はぬる過ぎる 履歴書23通目で入社、そこで見た仰天の企業活動とは | JBpress (ジェイビープレス)
    tencube
    tencube 2011/07/28
    これは良いホメ殺し記事。こういう特許ビジネスは、情報商材や催眠販売と同じで確かに利益をあげられるんだろうけど、社会的にプラスになっているかは疑問。