私たちはなぜ郷愁を求めるのだろうか。なぜ暮らしてきた街に愛着を持つのだろうか。なぜ遠い街に思いをよせることができるのだろうか。なぜ存在しない街の物語に没入できるのだろうか。 そんなとりとめもない問いかけが脳裏に浮かんでは消えた。2019年4月25日に渋谷TSUTAYA O-EASTで開催されたnuance(ヌュアンス)のワンマンライヴ「nuance 2nd anniversary 4th oneman 4th minialbum『town』 レコ発ワンマンライブ~はじめましてヌュアンスです。~」でのことだ。 nuance(撮影:梅原美侑)nuanceは神奈川県横浜市のアイドル・グループ。2017年に結成された。メンバーはmisaki、珠理、わか、みおの4人。全員が横浜市在住だ。 この日のワンマンライヴは、4枚目のミニ・アルバム「town」のリリースを記念したもの。「town」には、街に暮ら
1975年、渋谷で最も古いライブハウス「屋根裏」がセンター街にオープンする。同年12月にはパンタ率いる頭脳警察がここで解散ライブを行い、1979年にはフリクションやリザードに代表されるパンク~ニューウェイヴ・ムーヴメント=「東京ロッカーズ」をドキュメントした伝説的な映画「ロッカーズ」にも登場した。1980年1月には、RCサクセションが4日間連続でライブを行い、それまでで最大の観客動員数を記録した。ライブハウス関係者は口を揃えて、1976年にオープンした「新宿ロフト」の影響力の大きさについて言及する。「屋根裏」は、大久保通りにあった頃の旧「新宿ロフト」と同様、狭くて汚くて危険だが、それ故に若者を惹きつける「磁場」としての魅力にあふれていた。 音楽だけに特化したライブハウスではなく、演劇やトークやパフォーマンスも行う小劇場としては、1969年、公園通りの山手教会地下にオープンし、津軽三味線の高
列車が通過するたびに ぼくは南に行きたくなる・・・ ホームシックのブルースだ 誰かぼくに教えてくれ 自由列車のことを・・・ (ラングストン・ヒューズの詩句断片) 先日、家内と一緒に横浜のジャズ・シーンをしのぶツアーに参加した。 20人が2組に分かれて、桜木町から野毛、日ノ出町、長者町、伊勢佐木町、関内へと歩き、最後に赤レンガ倉庫でディナーという行程だった。 ディナーの席では、横浜JAZZ協会・柴田浩一さんの講演があった。 ◆ジャズ喫茶<ちぐさ>の跡 新宿や渋谷でジャズを聴いていた1960年代初め、横浜には<ちぐさ>というジャズ喫茶があることを聞いていたが、何となく行きそびれた。 それから40年余りの時が過ぎ、ある日、新聞で<ちぐさ>の閉店を知った。 ジャズならどこへでも聴きに行くというほどには熱心でなかった上に、暮らしの中でいつの間にか疎遠になっていたので、その記事を見るまでは<ちぐさ>と
今年3月に「Tippy Toes」でデビューを飾った7人組女性グループ〈XG〉 ラップというアートフォームがヒップホップというジャンルを超えて広く浸透したのが2010年代だったとしたら、それら変幻自在なフロウやリズミカルな押韻を前提としたうえでことばを発する動き、あるいはそれら繊細な話芸を大胆な発声法で超えていくような試み、つまりは〈ポスト・ラップ〉とも言うべき展開が2020年代の新たな運動として開始されてもおかしくはないだろう。 事実、近作で時にラップ的な譜割りの歌唱を披露していた宇多田ヒカルは、「PINK BLOOD」(2021年)でラップと歌という二元論を解体し、崩していくような冷徹な表現を行なった。ポエトリーラップを起点としながらその歌唱に感情の起伏を注入していた春ねむりは、「春火燎原」や「Bang」(2022年)といった曲でラップとスクリームが綱引きし合うような、往来する揺らぎを
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