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ブックマーク / kenmogi.cocolog-nifty.com (5)

  • 茂木健一郎 連続ツイート: 連続ツイート ネットとテレビ

    しゅりんくっ! ぷれいりーどっぐくん、おはよう! ネテ(1)地上波テレビの制作者は、刹那的に生きることを余儀なくされている。放送されてしまえば、それでおしまい。視聴率に一喜一憂するが、それ以上もう振り返らない。そんな態度が染みついている。 ネテ(2)ネットの登場によって、放送されたらおしまいというテレビのあり方に変化が生まれた。youtubeは形式的には著作権違反だが、自分の作った番組が載っていて密かに喜んでいる人は多い。 ネテ(3)当は、番組の質は視聴率では計れないことなどみんなわかっている。ネットでいつでも誰でもいつまでもアクセスできるようになれば、初めて質の競争になる。評判のコンテンツは、徐々に人気を集めて、古典となっていく。 ネテ(4)英国のBBCはネット放送の最先端を行く。「iPlayer」は、過去一週間に放送された全てのテレビ番組、ラジオ番組を無料で提供する。テレビについては

    terata
    terata 2010/12/13
  • 茂木健一郎 クオリア日記: 坂本龍馬は、26歳にして、もう一度この世に生まれ直したのである。

    もともと、私たちは一人の「脱藩者」としてこの世に生まれてきた。母親の胎内という居心地の良い環境から、私たちは一人ひとりこの世に産み落とされてきた。母胎から離れて独立した呼吸をする者としてこの世を経験し始めることで、私たちの中に一つの潜在能力が開花し始めるのである。 生まれ落ちたばかりの子どもは、この世界について何も確実なことは知らない。知らないままに、探索を重ねていく。どんな環境に生まれたとしても、文句一つ言わず、自分を囲んでいるものに一生懸命適応しようとするのである。 私たちにとって、親は「絶対的な」存在である。世の中にはいろいろな人がいる。その中には、随分と個性的な人もいる。自分の友人を思い浮かべても、「こいつが親になれるのか」とか、「こんなやつが子育てできるのか」と心配になるケースも多いだろう。そんなユニークな人にでも、子どもはできる。そうして、その子どもにとっては、たまたま生まれ落

    terata
    terata 2010/07/15
  • 茂木健一郎 クオリア日記: ギャップ・イヤー

    東京の某所のカフェで、仕事をしていた。たくさんやらなくてはならないことがあって、ちょっとあせっていた。 ふと顔を上げると、ヨーロッパから来たらしい青年が、前のテーブルに座っていた。バックパックを背負い、真剣な顔をしてを読んでいる。そのが、Roger PenroseのEmperor's New Mindだったので、思わずはっとした。 ちょっと背伸びをするふりをして、テーブルを立って、滅多にそんなことはしないのだけれども、声をかけてみた。 「こんにちは、失礼ですが。ペンローズを読んでいるんですね?」 「ああ、はい。」 「学生さんですか?」 「いや、そうではありません?」 「旅行中?」 「はい。去年、大学を卒業ました。」 「どこの大学を出たのですか?」 「ケンブリッジ大学です。」 「ああ、ぼくもケンブリッジに留学していました! 何を専攻していたんですか?」 「物理学です。」 「じゃあ、ぼくと

    terata
    terata 2010/04/03
  • 茂木健一郎 クオリア日記: 『プロフェッショナルの言葉』 

    terata
    terata 2010/03/04
    「批評家になるな。いつも批判される側でいろ。」 上山博康
  • 茂木健一郎 クオリア日記: Pirate Radio 第8回

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    terata 2010/03/04
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