1895年1月21日、三重県度会郡大湊町(後の宇治山田市、現・伊勢市)の材木商の家に生まれる。 小学校卒業後、上京して御木本真珠店の貴金属職人となり、労働争議に参加する。若いころキリスト教の洗礼を受けたとの情報がある[1]。 妻の実家が、度会郡小俣町(現・伊勢市)の西光寺であった。浄土真宗大谷派の仏門に帰依する。1926年、真宗大谷派名古屋別院で真宗僧侶としての教修中、後に歌手・俳優として有名になる植木等(以下、等)が誕生する。 1929年ごろより、真宗大谷派常念寺住職となる。檀家にて、出征兵士の前で、「戦争は集団殺人」「卑怯といわれても生きて帰ってくること」「人に当たらないように鉄砲を撃つこと」を説く。全国水平社の活動にも参加し、被差別部落の入会権差別に反対して朝熊(あさま)闘争で活躍するものの、治安維持法違反で4年間投獄されることとなる[1]。出獄後は、御木本時代の同僚の世話で東京都足