虫歯じゃないのに歯を抜くことになった。大学受験本番、10日程前のことだ。 食事をしていると、上あごの左側奥の方がじんわりと痛むのを感じて歯科医を訪ねた。 試験当日に激しく痛むと困る。今の内なら簡単に痛みが取れるんじゃないかと期待したが甘かった。 医師はレントゲン写真を見て、あっさり、こう言った。 「親不知(おやしらず)だね。」 親不知の痛みとは我知らず まだ未成年なのに痛む親不知なんて我知らずだ。 前知識ならあった。親に知られることなく生えてくるから親不知と聞いていた。なのに親に話さないわけにはいかない事態である。受験直前になんてこと! だが、こんなことで逆上してしまうのは、恥知らずだと思い、黙って自分をなだめる。まだ表面に出てきてない状態だから、この歯は親不知ではなくて子不知(こしらず)なのだ。子の私が知らないのも無理からぬことに違いない。 無理やり自分を納得させたあと、なるだけ冷静を装