佳子(よしこ)は、毎朝、夫の登庁(とうちょう)を見送って了(しま)うと、それはいつも十時を過ぎるのだが、やっと自分のからだになって、洋館の方の、夫と共用の書斎へ、とじ籠(こも)るのが例になっていた。そこで、彼女は今、K雑誌のこの夏の増大号にのせる為の、長い創作にとりかかっているのだった。 美しい閨秀(けいしゅう)作家としての彼女は、此(こ)の頃(ごろ)では、外務省書記官である夫君の影を薄く思わせる程も、有名になっていた。彼女の所へは、毎日の様に未知の崇拝者達からの手紙が、幾通となくやって来た。 今朝(けさ)とても、彼女は、書斎の机の前に坐ると、仕事にとりかかる前に、先(ま)ず、それらの未知の人々からの手紙に、目を通さねばならなかった。 それは何(いず)れも、極(きま)り切った様に、つまらぬ文句のものばかりであったが、彼女は、女の優しい心遣(こころづか)いから、どの様な手紙であろうとも、自分