30個、50個と星が付くと、むしろ反省させられる 恐らく誰でも言えるような共感を集める陳腐なコメントだったのだろう それは違うのだ、そんなものを求めてブコメを付けているわけではない 自分の為にコメントを付けているのだから
30個、50個と星が付くと、むしろ反省させられる 恐らく誰でも言えるような共感を集める陳腐なコメントだったのだろう それは違うのだ、そんなものを求めてブコメを付けているわけではない 自分の為にコメントを付けているのだから
明治プロビオヨーグルトR-1の新CMが1月から流れてますね。 雪山でヴィム・ホフ(通称アイスマン)が裸でポーズをとったり、 ビーチサイドにいるかのごとくゆったりカクテルを飲んだり・・・ スロバキアのタトラ山脈でロケを行ったそうです。 メイキング映像(現在削除されています)を見ても、アイスマンはやっぱりずっと裸。 震えてすらいない・・・ なんでそんなことが可能なのか!? もはやこれは体調管理法の域を超えてないか? オランダのアイスマンとかいう人、雪の中でも裸で大丈夫ってほんとなのかね?やせ我慢じゃないの?全身を雪の中に埋めて、顔だけ出して目の前でチーズフォンデュ食べてるの見せても耐えられるのかね? — sotohara_takashi (@sox4d9) 2017年1月16日 多分耐えられそうですよね・・・ R-1のCMみたけど、オランダのなんとかさんみたいな寒さに強い人になりたいよー —
2月が終わる。今年はうるう年でもないので、例年通り28日までだ。 2月が終わるから、時効だろうと思って、書いてしまう。 思い出すといまだにもやもやとする、今年のバレンタインの話だ。 *** 私が所属する部署は、私を含め女性が二人しかいない。 先輩の女性社員と、私だけだ。 私は入社したあと、初めてのバレンタインが近づいてきたときに先輩に確認した。 会社によって、チョコに関する色々な習慣があるのをわかっていたからだ。 先輩は社則で決められているわけではないが、全社員の暗黙の了解で義理チョコはないと教えてくれた。 ただし、仲の良い女性社員同士は、こっそり友チョコ交換しているよ、と。 私はそれを聞いて、チョコの用意をすることなくバレンタインを迎えた。 先輩に教えてもらった通り、誰も男性社員に義理チョコを配っていない。上司も例外なく、だ。 昼食を共にするような仲のいい女性社員たちは交換しているのを見
「私はあなたの味方です。警察ではありません」―。東京都荒川区の桐原登美子さん(74)は、犯罪や非行をした人の更生を支える保護司を31年間続けている。桐原さんのような保護司は全国に5万人弱。報酬はない。昼夜を問わず尽力しても、再犯という形で裏切られるケースも少なくない。保護司たちはどんな思いで彼らと向き合っているのか。対象者との面接に同行し、活動をカメラで取材した。(Yahoo!ニュース編集部)
僕は村上春樹が好きだ。 町田康とか舞城王太郎とか池澤夏樹とか、他にもいろいろな作家が好きだけど、一番好きな作家を選べと言われたらやっぱり村上春樹だ。 今回発売された新作『騎士団長殺し』も、マスメディアで恒例として取り上げられて騒がれている。 マスメディアで騒がれると当然、全く興味のない人の目にも付く。 そこで、職場でも今日たまたま『騎士団長殺し』の話題になった。 (正確には「たまたま」ではなく、ある意味では必然的ともいえる。マスメディアかく恐ろしや) Aさん「そういえば新作出たねー。まあ全然興味ないけど」 Bさん「本屋で大量に平積みしてますねー。自分も春樹は1冊も読んだこと無いけど」 Cさん「同じく1冊も読んだこと無いっすね…」 そこに居合わせた僕は入社時に村上春樹が好きだと言っていた。 おそらく、この人達はそれを分かって言っているのだと思った。 この話題はスルーしようと思ったけど、 僕を
かつて、言葉は意味よりも先にかっこよさで入ってきた。 私が小学生のころ、「ターボ」という言葉がかっこよかったんだが、これはスト2ターボというゲームのせい。正式名称は『ストリートファイター2ターボ』。ある日、一人のクラスメイトが「スト2ターボ」と言い出し、誰もがその響きに魅了され、翌日には男子があちこちでターボと言い始めていた。舌から舌へ、言葉はすさまじい速度で感染する。気持ちのいい言葉の爆発的感染力。 同時期、「ターボファイル」というものもあった。これはスト2ターボよりマイナーだが、当時の私は『RPGツクール』というゲームにはまっていて、そこで使う付属品だった。ここにもターボがいる、と子供ながらに思っていた。さらに数年後、オリコンチャートでブイブイいわせていた頃のTMレボリューションが、「ジ・エンド・オブ・ジェネシス・TMRエボリューション・ターボ・タイプD」に改名した。ここにもターボ!
昨年、メディアに「感動ポルノ」という言葉が踊った。これはオーストラリアの人権活動家であるステラ・ヤング(故人)が2012年に初めて用いた言葉で、彼女は障害者がやたらと感動的に扱われる現象について、皮肉をこめてこう呼んだ。日本では、昨年8月にNHK Eテレが放送した『バリバラ』という番組が、もはや晩夏の風物詩とさえなった感のある『24時間テレビ』について「感動ポルノである」と批判した。これまでにもネット上では、「お涙頂戴」などと揶揄されてきた同番組だが、ここまではっきりと、しかも公共放送であるNHKによって否定されたのは、ある意味、画期的なことだったと言える。 じつは、何を隠そうこの私も「感動ポルノ」に苦しめられてきた1人である。幼少期から、褒められることが多くあった。歩く、食べる、字を書く――私としてはいたって普通のことをしているつもりだったが、周囲は「すごいね」「よくそんなことできるね」
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