「一瞥」の魔法 ――著者と共振しつつ読者が自らの生を創造することをたゆみなく触発してゆく 評者:今村純子(美学・表象文化論) ある作品が「芸術」であるか否かは、そのモチーフに関心のなかった、さらには嫌悪を抱いていた人の心を震わせ、その人の心を静かに、かろやかに一八〇度、転回させるか否かによる。その意味において本書(一九九七年初版)は、ドキュメンタリー映画の奇跡と呼びうる『阿賀に生きる』(一九九二年)と双璧をなす、佐藤真監督の処女作にして代表作である。 映画『阿賀に生きる』のモチーフは何かと問われれば、それは紛れもなく新潟水俣病である。だがスクリーンに映し出されるのは、大地に根ざして生きる三組の老夫婦の存在の強さであり、その強さが醸し出す圧倒的な美である。その美が映画を観る者を震撼させ覚醒させる。そのとき毒だとわかって有機水銀を阿賀野川に垂れ流した企業が、この地にまったく異質な存在として浮き