2017年3月22日のブックマーク (3件)

  • 白水会 - Wikipedia

    白水会(はくすいかい)とは、住友財閥の直系、準直系、またはそれらから分離した企業など、住友グループの中核的会社の社長によって構成される社長会のことである。 概要[編集] 昔の住友財閥における中枢統括機関としての社(持株会社)があって、人事、資金、販売のいずれも一元的に管理し、傘下企業を強力にコントロールする体制が確立していたころのものではなく、これに代わる住友グループ内企業の横の連携をはかるための連絡機関、ないしは「非公式の経営執行委員会」という位置づけである。戦後の新しい経済環境の中で企業グループの結束を強めることによって協力体制をととのえ、情報を提供しあい、また一企業ではカバーしきれない新産業分野にグループで進出しようとする戦略に寄与するものである。 第1回の会合には直系の化学・金属・鉱山・銀行・信託・生命・電工・機械・電気・倉庫・石炭・日建設産業の12社の社長が参加した。社屋、総

    白水会 - Wikipedia
    tokyo26
    tokyo26 2017/03/22
    “住友精神の順守などが定められた血判状と言われる書類に押印しなければ白水会への出席は認められない”
  • 商標・商号護持の戦い:戦後期|三井の歴史|三井広報委員会

    苛烈な占領政策が進む中、またしても旧財閥関係者を揺るがす大事件が起きる。昭和24年(1949)、GHQは三井・三菱・住友系の各社に対し、旧財閥の商号・商標の使用禁止命令を発令。三井・三菱・住友を冠する各社の商号と、三井の「丸に井桁三」、三菱の「スリーダイヤ」、住友の「井桁」の商標は、新商号・商標との併用期間をおいて昭和26年7月以降、完全廃止するよう通達された。この命令に三井系各社の社長・取締役は対策を協議、住友・三菱の旧財閥もこれに協力し、水面下で禁止令の撤廃工作を続けた。 このとき、商号変更の対象として挙げられた企業は三井15社、三菱19社、住友10社で、三井の内訳は三井化学工業、三井船舶、三井造船、三井倉庫、三井不動産、三井生命保険、三井信託などであった。このうち、数社は禁止令の公布を受け、三井生命保険は中央生命保険、三井信託は東京信託銀行、三井農林は日東農林とするなど商号変更の手続

    tokyo26
    tokyo26 2017/03/22
    “日本橋の三井本館にはこの事件解決の後、エレベーターのひとつに三菱電機製が入っていた。「なぜ三井系の東洋オーチス製でないのか」と問われた当時の江戸社長は「これは社名商標護持のため、三井・三菱・住友三者
  • 川崎重工業 - Wikipedia

    川崎重工業株式会社(かわさきじゅうこうぎょう、英: Kawasaki Heavy Industries, Ltd.、略称:KHI)は、東京都港区および兵庫県神戸市中央区に社を置く重工業メーカー。 オートバイ・航空機・鉄道車両・船舶・軍事ヘリコプターなどの輸送機器、その他機械装置を製造している。 三菱重工業(MHI)・IHI(旧石川島播磨重工業)と共に三大重工企業の一角を成す。日経平均株価の構成銘柄の一つ[1]。 会社の歴史は19世紀の明治時代より始まっており、東京・築地の川崎築地造船所に端を発している。社名の「川崎」は創業者の川崎正蔵の姓が由来であり、川崎造船所時代から拠点を置いている神戸工場の所在地が東川崎町であるのは全くの偶然である。大正時代の第一次世界大戦による造船活況、そして世界大恐慌、昭和時代の第二次世界大戦、戦後の高度成長期と日の近代史・産業史とともに存続してきた総合重機械

    川崎重工業 - Wikipedia
    tokyo26
    tokyo26 2017/03/22
    “なお「川崎」は創業者の川崎正蔵の姓が由来であり、神奈川県川崎市とは無関係である。”