平成版 空気の研究 なぜ日本人はこんなに「自己啓発」「心身改造」に躍起になるのか (SAPIO 2009年12月16日号掲載) 2009年12月21日(月)配信 6ページ中 1ページ目 前のページ | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 次のページ 文=斎藤環(精神科医) 女性に対する興味も性欲も失った草食系£j子。平気な顔で大麻を持ち歩く大学生。自己啓発本を読みあさるOL。5000円ダイヤに行列する主婦。学校に怒鳴り込むモンスターペアレント……。精神科医の斎藤環氏が、荒廃しつつある現代日本人の精神風景を読み解く。 様々な「キャラ」を演じ分ける中学生 我々はいつから「空気を読む」という言葉を耳にするようになったのだろうか。 あらためて説明するまでもないが、この場合の「空気」とは、コミュニケーション空間で醸成される雰囲気や気配のことだ。曖昧でありながらも個人の判断に大きな影
非常に切れ者で、さほど切れない連中でさえ鋭さを見せようとする気にさせてしまうNick Carr氏であるが、何がそうさせるのか。最近Atlanticに掲載されたCarr氏の記事に対する批判は、予想通り大変に狭量でやかましいものだ。 話はこうだ。おしゃべり階級はしきたりに異を唱えられれば、いつだって腹を立てるものだ。2003年にCarr氏がHarvard Business Reviewで思慮に満ちた記事「Why IT Doesn’t Matter」を公表したとき、多くのテクノロジリーダー、業界紙のオピニオンメーカーの反応は厳しいものだった。 彼らは記事の思わせぶりなテーマを茶化すばかりで、競争力をもたらす資産としてITの重要性が低下したことに関する、より大きな彼の視点を完全に見失っていた。もちろん最終的にはCarr氏が正しかったことが判明した。 今また歴史は繰り返す。思うに、Carr氏の見出し
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