映画および原作小説『海炭市叙景』をきっかけに、小説が書かれる舞台について考えをめぐらせた。ある土地に暮らす人々の群像劇を書くためには、先に、その土地についての描写が必要となる。佐藤泰志の出身地である函館をモデルとした海炭市には、炭鉱があり、港があり、市電が走っている。海峡に突きでた山は、かつて海に浮かぶ孤島だった。市街地はその島へと続く砂嘴の上にある。このような地形は「陸繋砂洲」または「トンボロ」と呼ばれる。 今、満夫が立っている場所は砂嘴だったのだそうだ。何千年か何万年かは知らない。とにかく想像もつかない厖大な年月をすぎて、砂や石が海底に堆積し、陸地としての姿をあらわし、海の中にぽつんと孤立していた島と繋った。その島は、今ではなだらかでふっくらとした山であり、砂嘴の上に作られた海炭市の、ほとんど、どの通りからも眺めることができる。 (佐藤泰志『海炭市叙景』 第一章 3 「この海岸に」)