2019年2月1日のブックマーク (2件)

  • 研究者を辞めた時のこと、そしてその後のこと - 渋谷駅前で働くデータサイエンティストのブログ

    TL;DR これは、このブログの題とは何の関係もない僕自身の回顧録にして懺悔録であり、見ようによっては怪文書です*1。故に、記事中には何の参考になる内容も書かれていないことを予めお断りしておきます。それでも良いという方だけ、この先をお読みください。ただしTL;DRと書いた通りで、超長文につきご注意を。 当時から7年が経ち、この中に登場する人物の中には既にリタイアしている人もいれば、物故している人もいます。ある意味もう時効だろうということで、その時起きたことをつぶさに書いてみることにした次第です。 研究者を辞めた時のこと 研究者の道を目指した理由 正直言って無能だったが、勉強だけは熱心なポスドクだった ポスドク待遇改善運動、研究体制改革運動を経て、業界では知らぬ者のないお尋ね者になった そしてポスドクをクビになり、国内に行き先がなくなった 土壇場でシンガポールでのjob talkに招かれた

    研究者を辞めた時のこと、そしてその後のこと - 渋谷駅前で働くデータサイエンティストのブログ
    topisyu
    topisyu 2019/02/01
    良い。
  • どんなに優秀だったとしても、パワハラ・セクハラをしていい免罪符にはならない - 斗比主閲子の姑日記

    明石市長が2017年6月に市職員にパワハラをしていたことが発覚し、人もそれを認めて謝罪をしました。 明石市長が部下に暴言 立ち退き交渉で「燃やせ」 (写真=共同) :日経済新聞 泉氏は同日記者会見し「発言は全て事実。許されないことと深く反省している」と謝罪した。 (中略) 泉氏はパワハラと認めており、暴言を浴びせた幹部には28日に謝罪したという。「これまでパワハラはなかったと認識しているが、過去には相当厳しい口調で部下を叱ったことがあった」とも話した。 この言い方だとこれだけじゃなくて、他にもやってそうな感じですね。 そうしたら、パワハラをしていたのには背景事情があったという報道がそこそこされるようになりました。死亡事故が起きていた場所で、立ち退きに7年もかかっており、明石市長としても市民の命を守るために、早急に対処するべく、担当者をパワハラしたということです。 明石市長はなぜパワハラ

    どんなに優秀だったとしても、パワハラ・セクハラをしていい免罪符にはならない - 斗比主閲子の姑日記
    topisyu
    topisyu 2019/02/01
    書いた。