菊池教授と弾さんの議論が、残念ながら何の収穫もないまま終わってしまった。 実際のところぼくは菊池教授の支持者ではあるけれども、ニセ科学の問題についての光の当て方はだいぶ違う(根本にある問題意識は同じような場所から出発しているかもしれないけれど)。なぜか弾さんは途中から韜晦してしまっているけれど、出発点はもともと弾さんのスタンスに近い。ぼくが完全に誤読している可能性はあるけれど。 「なぜそうなるのか」を考える余裕は、いつもあるとは限らないのです。ましてや科学者たちの伝言より「水からの伝言」に耳を傾ける人々はそうでしょう。もし科学者たちが、「水からの伝言」ではなく自らの伝言を人々に伝えたいと欲するのであれば、やはり伝言のやりかたにはもう一工夫必要なのではないしょうか。 404 Blog Not Found:どうせ信用するならエセでない科学を この点には同意するし、実際に同様の主張をkikulo