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医療と文章に関するtoyaのブックマーク (5)

  • 恥ヲ知レ! - ヨシナシゴトの捌け口

    限りなく低い、まさに天文学的な確率ではあるけれど、"理論上" 何とか起こりうる事象というものが、驚くなかれ、この世には確かに存在している。ある要因によって偶然引き起こされ、しかし起こってしまえばそれが喜劇であろうと悲劇であろうと、まさにそれ以外起こり得ることはありませんでしたよ、とでも言いたげな必然の顔をして横たわるのである。 そんな、俄には信じがたい不運や奇跡が起こると、人間はいかにしてそれが生じたのか、その原因の所在を明らかにせしめようとするのだ。しかしながら結局、誰かを責め立てることも、あるいは誰かを讃え奉ることも出来ず、困り果てた末に神の仕業へと仕立て上げるのである。 そしてここにもまた、神の仕業に左右された若者がいる。 ***** ボーッと生きているので、叱られると思う。 考えることはもう辞めてしまった。感じたものを言葉にするという行為は、レンズのf値を絞るも同然のことだった。僕

    恥ヲ知レ! - ヨシナシゴトの捌け口
    toya
    toya 2020/03/09
    「神はいる。この世で生きていた。ついこの間まで。」
  • 山本弘の闘病日記(山本弘) - カクヨム

    実録・プロ作家が語る感動と笑いとちょっぴり深刻な闘病生活 山弘 知らない人が多いと思うけど、僕は5月10日から9月5日まで病気で入院していた。病名は脳梗塞。 文章が書けなくなり、絶望のあまり死を望んだこともあるが、今では立ち直り、このようにパソコンで文章を打てるようになっている。だが、かつてのように早くは打てない。この文章にしても、ほんの1ページを打つのに何時間もかかっている。 ツイッターをやっている方なら、僕がこの数ヶ月、他の人のツイートにリツイートするばかりで、僕自身の文章をほとんど書いていないことにお気づきかと思う。言いたいことは山ほどあるのだが書きたくてもできないのだ。スマホでほんの2、3行のコメントを打ちこむでさえ、今の僕にとっては重労働なのである。 しかし、いつまでも引きこもってはいられない。自宅でリハビリを続けながら、少しずつ、書くペースを上げていきたいと思う。 そこでこの

    山本弘の闘病日記(山本弘) - カクヨム
  • 「忘れる」~クモ膜下出血による後遺症で要介護5に~|コータリさんからの手紙|みんなの介護

    ほんのちょっとずつの前進にも涙が出る。 それはスパルタなリハビリ病棟のおかげ ボクは6年前のある日突然「クモ膜下出血」という病気を発症した。「もう助からない」。そういわれて広島からも妹が駆けつけた。それが2回の手術の末、奇跡的に目を覚ますことになる。「一生、目を覚まさないかもしれない」から「目を覚ましても、いままでのご主人だと思わないでください。記憶は多分ないです。」へ。植物人間?寝たきり?記憶喪失?自分ではなにもできない。事は二度と口からはべられない。次から次へとその時の最悪な場合を告げられる。 頭のてっぺんからも鼻からもおなかからも腕からも足からも管がつながれていた。頭は水頭症の手術もして、いまでも額の皮膚の下に管がみえる。頭のてっぺんからの管は身体の中を通って胃に穴を開けて余分なミズを流し続けているらしい。フランケンシュタインだ。 病院で、生かしてもらっている時代が1年も続いた。

    「忘れる」~クモ膜下出血による後遺症で要介護5に~|コータリさんからの手紙|みんなの介護
  • 病床からの本音を述べたい

    透析患者を罵倒する文言を掲載したブログ記事で注目を集めていた元民放キー局のフリーアナウンサーが、自らの発したメッセージへの反響に追い立てられる形で、現在、どんな境涯を迎えているのかについて、読者諸兄は、いまさら私が説明するまでもなく、既に、大方の事情をご存知だと思う。 炎上開始当初、強気一点張りで批判に反駁していたフリーアナウンサー氏が、レギュラー番組降板の通告以降、一転して反省らしい言葉を口にしはじめたなりゆきや、その彼の謝罪芝居が、ほとんど効果を発揮することなく、結果、「レギュラー週8を舐めるなよ」と息巻いていた彼自身が、テレビ画面への出演機会をすべて喪失するに至っている経緯も、すでに万人周知の事実と言って良い。 その意味からすれば、長谷川豊氏をめぐるこのたびの一連の因縁話は、わざわざ連載コラムの話題として取り上げるには値しない、ページ汚しのトピックなのかもしれない。 つまり、わざわ

    病床からの本音を述べたい
  • 重度の統合失調症患者が見た世界 - くるんちゅ日記

    こんばんは、くるんちゅです。 ちかごろ、アクセス数などが伸びてきて、すこし病気らしい記事が書きにくくなってきた、とわたしは感じていました。 しかし、「統合失調症の世界を多くの人に知ってもらう」という当初の目標を達成するための土台ができた、ということなのではないかとも考えられます。 ですので、勇気を出して、エイ!と、このインパクトのある記事を、あえて書きました。 途中、おそろしい文章がでてきたり、刺激の強い内容となっておりますので、読まれる際はご注意くださいませ。 では、どうぞ。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 わたしが発狂しはじめた少女時代のことはすでに記事にまとめましたが、一番狂っていた時は19〜20歳の頃です。 kurunchu.hatenablog.com kurunchu.hatenablog.com この少女時代の記事については、

    重度の統合失調症患者が見た世界 - くるんちゅ日記
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