前に養老先生から「ウチダさんは身体を使って考える人だね」と言われたことがある。ご指摘の通り、私は脳の働きをあまり信用していない。それは人間の脳が思いつく「正しいこと」や「意味のあること」の中には、しばしば「生身の身体を以ては実現不可能」なものが大量に含まれているからである。「世界同時革命」とか「ユダヤ人問題の最終的解決」といったプロジェクトはおそらく脳内的には整合的なものとして考想されたのだろうが、身体はその負荷に能く耐えることができなかった。 身体は弱く有限である。それが身体の取り柄でもある。手足も眼も耳もワンセットしかないし、骨も関節も細胞の数も有限である。切れば血が出るし、叩けば折れる。必ずいずれ病み、壊死し、腐ってゆく。私たちはそのような「ありもの」を使い回してしか生きられない。「手元の有限の資源をどう使い回すか」というのが身体問題の立て方である。 脳は人間的尺度を超えた荒誕な想念