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ブックマーク / aizak3.exblog.jp (1)

  • 黒門にこだわる上野1丁目 | 銅の匙、記憶の旅

    上野1丁目の人たちは,いまだに「黒門」好きのようだ。 町会の掲示板にもいまだに黒門町を使っているし、店舗名にも使っている。 黒門とは東叡山寛永寺の総門として、広小路方面の山下から寛永寺に入る清水観音堂の辺りにあった頑丈な冠木門のことだが、江戸以来、戦前までの上野が「下谷区」だった時代に、黒門のヘリにある「まち」を「上野黒門町」と呼ぶのは、まあ自然だろう。 とすると、現在の上野2丁目のほうが、下谷区時代に「黒門町」があった地域だし、家とも思われるのだ。 しかし、現上野1丁目のほうも、黒門小学校があり、下谷区時代に「東黒門町」(すでに家ではないが)や、「西黒門町」があった地域なので、町会の掲示板や商店の店名に黒門を名乗ってはいけないともいえないが、なんとなく、しっくりしない感じはする。 なんで、そんなに「黒門」が大事だったかというと、それが江戸時代、絶大な権威・権力を誇った徳川将軍家の祈祷

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