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2010年7月27日のブックマーク (2件)

  • 日本のアニメと普遍性の話

    古谷経衡(作家,評論家,社団法人令和政治社会問題研究所所長,株オフィス・トゥー・ワン所属) @aniotahosyu 海外でもオタク的ニッチ市場があって、そこの中で京アニが受けているのは分かるが、如何せん普遍性が無いのでそれ以上の広がりは無いように思えるんだがなぁ。 http://go.2ch2.net/u/flDfy3 RT @ bagwell555 世界でハレ晴レユカイ #digi954 2010-07-25 01:03:49 古谷経衡(作家,評論家,社団法人令和政治社会問題研究所所長,株オフィス・トゥー・ワン所属) @aniotahosyu 日のアニメがスターウォーズとかに敵わないのは、作品に普遍性が無い(萌え)ので、どうしてもそれを需要する側は海外に於いても日と同じくニッチな”ムラ”の中だけになってしまう。仏のハルヒクラブが800人というのを喜んでいいのか悪いのか。 #digi

    日本のアニメと普遍性の話
    type-100
    type-100 2010/07/27
    私が見たいのは私にとって面白いアニメであって、『普遍的』なアニメではない。
  • 「朝まで生テレビ」は「ディベート」ではありません - (旧姓)タケルンバ卿日記避難所

    で「ディベート」がどうも勘違いされている原因として、次のふたつがあるんじゃないかと思っております。 オウム真理教と上祐史浩氏 議論テクニックとしての狭義の「ディベート」という言葉が注目を浴びた最初のきっかけに、1995年当時、オウム真理教の広報部長として活動していた上祐史浩氏の存在があげられます。 「ああ言えば上祐」という言葉があったくらい、あらゆる批判に対し雄弁に反論する彼の姿がテレビ上などで繰り返し放映されていた。その彼のバックボーンに、学生時代のディベートにおける活動があり、その面が過剰にクローズアップされた結果、上祐氏が雄弁であることをディベートに紐付けられた。 「朝まで生テレビ」と田原総一朗氏 もうひとつが現在も放映されている「朝まで生テレビ」と、その代名詞的存在とも言える田原総一朗氏。 テレビ番組の中で、最もメジャーな討論番組ということもあり、「ディベート=討論・議論」とい

    「朝まで生テレビ」は「ディベート」ではありません - (旧姓)タケルンバ卿日記避難所
    type-100
    type-100 2010/07/27
    『ディベーター』という言葉に言い知れぬ不快感を感じる。ディベートで飯を食ってる人であれ、ディベートを趣味にしている人であれ、お近づきになりたくない。