「試合になると、負けたくない気持ちは湧いてくる。そこじゃないかな。『よりよいプレーを見せるんだ』という、テニスを始めた時の原点に、いかに立ち返るか。それしかないのかな......」 彼がそう言ったのは、今年1月下旬の全豪オープン決勝後のことだった。 敗戦後の会見、ではない。勝利を......それも、フルセットの熱戦を制した末の優勝会見である。 それにもかかわらず、彼の表情や絞りだす言葉に、華やぎの色は薄かった。決勝の日の朝まで、プレーの感覚はよくなかったという。優勝への渇望を、自分のなかに見出すこともできなかった。 今季の全仏で48個目のGSタイトルを手にした国枝慎吾この記事に関連する写真を見る それでも手にした栄冠に、彼自身が戸惑っている。あの日の優勝会見での国枝慎吾は、そんな矛盾のなかにいるようだった。 「東京パラリンピックが終わり、US オープンはその流れでなんとか乗りきったけれど、