自我の源泉―近代的アイデンティティの形成 [著]チャールズ・テイラー[掲載]2010年11月7日[評者]姜尚中(東京大学教授・政治学、政治思想史)■善と結びつき広がる 近代的自我の可能性 本書を読みながら思い出したのは、夏目漱石のことである。小説『こころ』で、自殺する主人公の先生に、自由と独立と己をほしいままにして現代に生きるわれわれはこの寂しさを味わわなければならないと語らしめている漱石は、近代的な自我の迷路の中で懊悩(おうのう)し続けた。本書には、まるでそのような漱石の苦悩に応えようとする哲学的人間学の趣があるのだ。 筆者は、いま最も旬な哲学者として名高いマイケル・サンデルの師匠とも言えるチャールズ・テイラーである。ドイツの哲学者、ヘーゲルに関する研究で名高いテイラーは、哲学史的洞察と分析的方法を駆使しながら、わたしたちが主体や自我、人格として呼び習わしている「近代的アイデンティティ」