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芸術とあとで読むに関するukeyeのブックマーク (2)

  • 「コミュニケーション/コミュニティ化するアート」への、一批評家の、ちょっとした疑問 - the deconstruKction of right

    現在開催されている、福島県の土湯で開催されている、アラフド・アートアニュアルについてのシンポジウムでしゃべらせていただいたものの原稿です。2013年8月31日に東京大学情報学環・福武ホール ラーニングスタジオで、北田暁大さん、鉾井喬さん、CAMPの井上文雄さん、藤井光さん、ユミソンさんと行いました。その基調講演の原稿です。「関係性の美学」については、ぼくの雑駁な見解に対し、藤井光さんが見事な要約と文脈捕捉でより適切な理解を示してくださったことを補足いたします。 「コミュニケーション/コミュニティ化するアート」への、一批評家の、ちょっとした疑問 藤田直哉 どうも初めまして。批評家の藤田直哉と申します。美術批評を専門としている人間ではありませんが、AR美術作品で高く評価されているni_kaさんと行動を共にしていることが多いため、様々な現代アートの作品や、若手と出会い、お話する機会などを得てきま

    ukeye
    ukeye 2013/09/18
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  • 文化と社会のパラドクスについて――明治時代の「美術」問題から - みちくさのみち(旧)

    芸術は誰のものなのか。みんなのものなのか、あるいは見る人が見て分かれば良いものなのか。マルクス主義なら使用価値に対する交換価値としてこれを論じるだろうし、文化人類学なら生存財に対する威信財としてこれを論じるだろう。そのパラドックスは、私が愛してやまない『ギャラリーフェイク』第一話のモネのつみわらの話に集約的に表現されている。 ギャラリーフェイク(1) (ビッグコミックス) 作者: 細野不二彦出版社/メーカー: 小学館発売日: 2012/09/25メディア: Kindle版 クリック: 9回この商品を含むブログ (7件) を見る 何故急にこんなことを考えついたのかというと、最近、芸術は社会に役立つべきか、とか、あるいはモラルに著しく反する芸術は許容されるべきか、とかいう話題を立て続けに見たからである*1。 ここで時事的な問題をあれこれ批評する趣味は全くないし、当事者の人たちがしかるべく対応さ

    文化と社会のパラドクスについて――明治時代の「美術」問題から - みちくさのみち(旧)
    ukeye
    ukeye 2013/09/06
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