松山刑務所大井造船作業場(まつやまけいむしょ おおいぞうせんさぎょうじょう)は、松山刑務所の開放的処遇施設である。日本に4箇所ある塀の無い刑務所[1]の1つで、民間造船所である新来島どっく大西工場敷地内に存在する。 大井造船作業場へ行くには審査に合格し、また体力作りのための訓練にも耐えなければならない。 受刑者は中にある「友愛寮」という寮で暮らす。1961年、来島船渠社長でシベリア抑留を経験した坪内寿夫が松山刑務所(愛媛県東温市。これ以降、本所と略す。)の構外泊まりこみ作業場として、大西工場敷地内に大井作業場を開設したのが始まりである。本所と違って寮の出入りは自由で、部屋にも鍵がなく、刑務所の作業員は大西工場で一般従業員とともに作業する。 受刑者の社会復帰促進を目的としており、ここで軍隊以上の規律正しい生活を送り、仕事は一般作業員と共同で行う。他にも資格を取る為の勉強をしたり、戒護者を付け