ブックマーク / 1000ya.isis.ne.jp (4)

  • 1477 夜 | 松岡正剛の千夜千冊

    プルーストとイカ 読書は脳をどのように変えるのか? メアリアン・ウルフ インターシフト 2008 Maryanne Wolf Proust and The Squid 2007 [訳]小松淳子 編集:真柴隆弘・宮野尾充晴 装幀:織沢綾 は香ばしいリテラル・パッケージであり、 脳は柔らかいオープン・アーキテクチャである。 脳と。この二つのアーキテクチャのあいだに、 文字と言葉と意味が挟まると、そこに読書が生じ、 われわれはプルーストになったり、イカになったりする。 では、このときいったい何がおこっているのか。 そのプロセスを取り出そうとすると、 まだ突き止められていないことが多すぎて、 「読書する正体」がつかめなくなっていく。 あのねえ、これじゃ困るんだよ。 そろそろ謎に切りこまなきゃいけないんだよ。 メアリアン・ウルフがその先端のひとつを拓いた。 マキャベリ(610夜)はを読むときに

    1477 夜 | 松岡正剛の千夜千冊
  • 0378 夜 | 松岡正剛の千夜千冊

    昭和六(一九三一)年九月十八日、関東軍は奉天(現在の瀋陽)郊外の柳条湖の南満州鉄道の鉄路を爆破した。関東軍は、この爆破は張学良の東北軍による破壊工作だと発表すると、ただちに軍事行動に移り、翌日までに奉天・長春・営口を占領した。特務機関長の土肥原賢二大佐が奉天の臨時市長となり、部下だった甘粕正彦はハルビン出兵の口実づくりのため、奉天市内各所に爆弾を投げこんだ。 満州事変の発端である。暗黒の昭和史はもはや後戻りできなくなった。このシナリオを裏で書いたのは関東軍参謀の石原莞爾で、実行者は板垣征四郎だった。 石原莞爾は山形県鶴岡の警察官の子で、陸軍幼年学校で軍人にあこがれて育ち、のちに外交官となった東政図にアジア主義を叩きこまれるとともに熱烈な日蓮主義者となった。田中智学の国柱会に接近するなかで、その日蓮主義は過激になっていく。 田中智学は文久の日橋の生まれで、十歳のときに日蓮宗門に出家して、し

    0378 夜 | 松岡正剛の千夜千冊
  • 松岡正剛の千夜千冊

    先週、小耳に挟んだのだが、リカルド・コッキとユリア・ザゴルイチェンコが引退するらしい。いや、もう引退したのかもしれない。ショウダンス界のスターコンビだ。とびきりのダンスを見せてきた。何度、堪能させてくれたことか。とくにロシア出身のユリアのタンゴやルンバやキレッキレッの創作ダンスが逸品だった。溜息が出た。 ぼくはダンスの業界に詳しくないが、あることが気になって5年に一度という程度だけれど、できるだけトップクラスのダンスを見るようにしてきた。あることというのは、父が「日もダンスとケーキがうまくなったな」と言ったことである。昭和37年(1963)くらいのことだと憶う。何かの拍子にポツンとそう言ったのだ。 それまで中川三郎の社交ダンス、中野ブラザーズのタップダンス、あるいは日劇ダンシングチームのダンサーなどが代表していたところへ、おそらくは《ウェストサイド・ストーリー》の影響だろうと思うのだが、

    松岡正剛の千夜千冊
  • 0111 夜 | 松岡正剛の千夜千冊

    昨夜はフランソワ・ラブレー(1533夜)の大著をとりあげようと予定していたのだが、夜中についついバフチンを読んだのがいけなかった。いくら読んでもバフチンのポリフォニー理論がおもしろく見えてこないのだ。ラブレーについてもドストエフスキー(950夜)についても、バフチンを借りる意味が効果的であるとは思えない。けれどもこれはぼくの読み方にも問題があるのだろうと、それならラブレーを書くのもバフチンを収めてからにしようと反省した。 今日、さてあらためてキーボードに向かってみると、昨夜のラブレーがまだ残響していた。それならバフチンをやめて何か他のにしようとしたが、ふいにラブレーに出会った日々のことが蘇ってきた。『ガルガンチュアとパンタグリュエル物語』が哄笑とともに蘇ってきた。が、待てよ。いったいぼくはどうしてラブレーを読む気になったんだっけ。そうなのだ、ぼくはラブレーを渡辺一夫によって教えられ、その

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