「黒人文化のメッカ」とされながらも、ドラッグや犯罪、スラムやゲットーといった否定的なイメージとともに語られてもきたニューヨーク・ハーレム地区。文化人類学者・中村寛による『残響のハーレム──ストリートに生きるムスリムたちの声』(共和国、2015年)は、この地区に暮らすアフリカン・アメリカン・ムスリムへの約二年間に渡るフィールドワークがまとめられたエスノグラフィである。 人種差別や民族問題を調べるうち、アフリカ系アメリカ人たちがある時期からイスラームへ傾倒したことを知った中村は、9.11直後のハーレムを訪れる。マルコムXやイライジャ・ムハンマドらが率いた「ネイション・オブ・イスラム」の盛衰、90年代のロス暴動や爆破事件などによって高まったイスラーム脅威論。2001年の同時多発テロ、その報復として始まったイラク戦争。こうした社会的背景の中で、さまざまな暴力と危機に晒されてきたアフリカン・アメリ