<川崎区で有名になりたきゃ、人殺すかラッパーになるかだ>(”Kawasaki Drift”) いきなり引用させてもらったこの一節は、BAD HOPのT-Pablowによるものだ。「社会のセーフティネット」としてのヒップホップカルチャーを語る際に、これほど雄弁な日本語のリリックはないだろう。 この例はあまりに極端ではあるけれど、「普通」や「当たり前」、「常識」といった言葉でもって社会が要求する枠組みや価値観から取りこぼされてしまった人たちに、また別の生きる道を示すことができるという点は、ヒップホップという文化の素晴らしいところのひとつといって間違いない。 この社会に存在する規範や枠組みは、ときに私たちの見えないところで誰かを排除し、格差と対立、そして分断を煽る。その複雑な社会のあり方に対してヒップホップはどのような力を持っているのだろうか。 「ヒップホップの学校@金沢」を金沢21世紀美術館で