目黒製作所は一九二四(大正十三)年に創業。創業者の一人、鈴木高治は目黒の名前を冠したことに「目黒のサンマじゃないが、何かと知られた土地の名を借りて名前を改めた」と述懐する記事が残る。(『日本モーターサイクル史』、八重洲出版・二〇〇七年) でも実際に本社があったのは目黒区ではなく、品川区大崎本町三(現・同区西五反田四)。古い住宅地図をもとに跡地を訪ねると、日産自動車の巨大なビルが立っていた。今では知る人はほとんどいないが、駅前商店街で靴店を営む青島庸子さん(75)は「うちの前で目黒製作所のバイクが走っていた。工場は広くて、エンジン音もよく聞こえていたよ」と教えてくれた。 カワサキが所有する資料によると、メグロの完成車の生産が始まったのは三七年。走行性能に優れ、五七年の国内のバイク耐久レースでは一、二、四位と上位をほぼ独占。白バイにも採用された。だが、メーカーの競争激化で目黒製作所は六四年に川