「現代日本において民法学者は何をしているのか、そして、何をすべきなのか――」(8頁〔大村〕) 現在のわが国では「判例と学説が相互参照を繰り返しながら、よい法が求められて民法の解釈が更新されていく、という従前の暗黙の前提が揺ら」いでいる(6頁〔大村〕)。法実務の自律性を背景として「具体的な解釈論や立法論の局面では、今後、民法学者が独自の存在理由を示すことは容易ではない」(19頁〔小粥〕)。外国法の調査についても「日本の大手法律事務所に依頼すれば、彼らは、世界中のネットワークを活用して、数日内に結果を出してくるのだから、研究者固有の仕事としての価値は乏しい、という意見」もある(53頁〔小粥〕)。今日の日本社会において、民法学にいかなる存在意義があるのか、民法学者はどこに居場所を求めればよいのか。本書は、2人の著者が、自らの研究者としての歩みを素材として、1980年代以降の民法学の展開を跡付け、