この世に生きるものには喜怒哀楽が備わっていて様々な状態を体験できるようになっています。学ぶためですので、しっかり学んでしまえばあとは(常に意識を向けることは)不要です。不要になったものを持ち続けるのは錘にしかなりません。船でいえば碇⚓です。 喜怒哀楽の中で一番問題になるのは怒です。コントロールが難しいのも怒りです。ですが難しいだけでできないわけではありません。どこから発してどこへ向かうのかをきちんと見ていないから難しいと思っているだけです。 ある程度まで成長すれば本当はそれに応じてきちんと見えるのです。それが見えない理由は簡単で、見ないからです。怒りを見ようとすると、とても不都合なことと向き合う必要があります。今の人間は特に、わずかでも不快なものを避けるのが賢い、正しいと勘違いしています。 不快こそ己を成長させる宝の山なのですが、掘り出すのが大変だから多くの人は嫌がってやろうとしません。な