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BlogとCommunicationとsocialに関するwebmarksjpのブックマーク (3)

  • いつも感想中 - コメント欄に見るブロガーの人間性

    うん、最近気がついた ブログを見極めるのに、そのブログのコメント欄やその他の返事などを読むのが、私にとって大事だって事に。 特に自分と反対の意見とか、否定的な意見がコメントで付いた時のコメント返しにその人の人間性がモロに出るなあと感じるようになったからですね。例えば、 コメントそのものを無視したり 明らかに相手を見下す発言をしていたり 突然感情的になっちゃってたり などなど・・・。 もちろん明らかな荒らしへの対応とか、ただの挨拶みたいな書き込みはは別ですけどね。 だから なんか最近はエントリそのものの内容もさることながら、コメント欄でのやり取り*1を見てそのブログの評価を決めるようになってきました。 エントリ自体は完全に自分の支配下にあるけど*2、コメント返しや他人のブログにコメントしたりする時はそうはいかない。相手あってのものですから。 コメント欄を見ていると、その人が自分と種類の違う人

    いつも感想中 - コメント欄に見るブロガーの人間性
  • ウェブの二つの文化圏の衝突【後編】ネガティブリンクと批判する側・される側の論理[絵文録ことのは]2006/01/05

    前編「無断リンク禁止問題にみるリンクする側・される側の論理」では、このネット上には大きく分けて二つの文化圏があり、ネットの特性に根ざした原住民型「リンクフリー文化圏」と、一般社会のルールに基づいた移民型「リンク許可文化圏」が存在していることを指摘した。そして、「無断リンク禁止問題」はその二つの文化圏の衝突(カルチャーショック)であり、解決は困難だろうという希望のない結論であった。 後編では、もう一つ、似ているが別の現象である「ネガティブリンク問題」について扱う。これは単純な作法だけではなく、「悪意」を含む・感じ取るという厄介な問題も含まれているので、項目を分けることにした。 ■批判は隠すべきか、明らかにすべきかという対立軸 今回もまた図にしてみた。 もう一つ、批判を匿名でやるのか、固定名(実名または固定ハンドル)でやるのかという軸を重ねるといいんだろうが、3次元グラフにするとややこしいので

  • 本当に、ブログを書いているとロクなことがない - 花見川の日記

    自分の駄文や幼稚な考えをブログという公共の場に晒すことにどれだけの意味があるのかと疑問を抱いていた。 口は災いの元、というように訳のわからん論を撒き散らして他者の反感買うことにどれだけの意味があるのか、と。 「著名なニュースサイトに紹介されたり、人気エントリ入りしたい」というのであればそれは”他者から注目されたい”というだけであって、それが実現できたとしてもそれはブログでしかできないことではないし、一旦人気を得てしまえば目的は達成されてしまいブログは事実上終わってしまうつまらないものだ。「有益な議論がしたい」というのであれば、確かに情報分野、学術分野において時に有益であるとは思うけれども、それ以外の分野であれば門外漢の一言など結構ノイズが多いためか、ストレスもたまりやすく、不毛な言い争いに終始することも少なくない。(それは「自分のためのメモ」を書いたときであっても同様である。) じゃあ、「

    本当に、ブログを書いているとロクなことがない - 花見川の日記
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