2015年11月11日のブックマーク (3件)

  • 承認欲求は脅威ではなくネット社会に不可欠な要素である - はてな村定点観測所

    2015-11-11 承認欲求は脅威ではなくネット社会に不可欠な要素である 最近、特にはてな界隈では「承認欲求」という言葉を目にする。マズローの欲求五段階説に基づいて、ネットで承認欲求が肥大化していくことを問題視するものだ。最近では以下のような記事を読んだ。 toianna.hatenablog.com 現実世界の方が承認欲求は激しい 多くの人が見逃しがちなのは、承認欲求の肥大化はネット特有の現象ではなく、むしろ現実社会の方が熾烈な承認欲求のゲームになっていることである。 家族から承認されたい、友達から承認されたい、学校や職場で承認されたい、国家から承認されたい。これらの欲求は現実世界にも存在する。この現実世界の承認欲求によって大きな問題を起こしてしまう人もいるし、場合によっては殺人にまで発展するケースもある。 それではなぜネットで承認欲求が取り沙汰されるのか。可視化しやすいからだ。PV、

    承認欲求は脅威ではなくネット社会に不可欠な要素である - はてな村定点観測所
    whataru
    whataru 2015/11/11
    話の飛び方がすごいなぁ。高邁な文化啓蒙論などぶちまけなくても、止めようとしても止められないから脅威論が出るのだから放っておけばいいのに。文化唯物論的展開への情緒的意見の割れはどっちでも結果変わらない。
  • 国連幻想から目覚めよ、ニッポン 藩基文事務総長下の演説は中国を利するだけ | JBpress (ジェイビープレス)

    の対外発信は貧弱であり、国際交渉術は幼稚であると言われる。従軍慰安婦問題や南京大虐殺などが世界に広まっていく状況はまさしくそうした結果であろう。 数カ月前の世界文化遺産登録における韓国との交渉は詰めの甘さが見られたし、数週間前の中国の記憶遺産登録は油断がもたらしたものであった。その後、文部科学大臣はわざわざユネスコで演説しながら改革の必要性を述べるだけで、中韓の事実の捻じ曲げに言及し、糾弾することをしなかった。 「大人の対応」であろうが、これは以心伝心の日国内だけに通用することで、国際社会、特に中国や朝鮮半島の国には通用しない。彼らが、日の一寸した行動に対しても口を尖らして世界に向けて抗議するように、日も世界に向けた発信が必要である。 外務省や財務省・経産省などの省益あって国益なしの為体(ていたらく)にはいつものことながら辟易してきたが、新たに文科省も追加すべきであろう。 国家に

    国連幻想から目覚めよ、ニッポン 藩基文事務総長下の演説は中国を利するだけ | JBpress (ジェイビープレス)
    whataru
    whataru 2015/11/11
    国連は元々幻想的理想から出た政治的産物であって、冷徹な外交努力なしに何か引き出せる訳がない。そういう不断の努力のための幻想に対して、何を甘えた駄々を捏ねてるのか理解に苦しむ。
  • 『数学する身体』僕が身体で感じていたことは、嘘でも無駄でも無かったんだ - HONZ

    発売されるやいなや大きな反響を呼んでいる、『数学する身体』。お待ちかねの客員レビュー第三弾は、はてな株式会社の近藤淳也さんが登場。「数学は情緒だ」という独立研究者・森田真生の言葉を聞いた時、近藤さんが直感的に感じたものとは何だったのか? (HONZ編集部) ※客員レビュー第一弾、第二弾 森田くんが初めて書いた。「数学する身体」。 わざわざ「を届けたいので」と、会社の近くまで足を運んでくれて、ランチを共にしながら渡してくれた。 構想ができてから書き上げるのに4年かかったという。 もともと、文章を書くときにはとんでもなく集中して、丁寧に言葉を積み上げて、何度も何度も読んで味わえるような、スルメみたいな精緻な文章を書く森田くんが、初めて1冊のを書いた、という。 もうそれだけで、読む前から、これはすごいだ、ということは分かっていた。 すごいというのは、とにかく、中身云々の前に、通常で

    『数学する身体』僕が身体で感じていたことは、嘘でも無駄でも無かったんだ - HONZ
    whataru
    whataru 2015/11/11
    自分の社会的挫折の合理化に伴う情緒を、複雑なものを複雑なままという標語の見掛けの謙虚さに擦り替えた恥ずべき単純化は、論理や言語の身体性や官能性という議論とは徹底して似て非なるものです。複雑さへの不見識