大河ドラマが大好きです。 『軍師官兵衛』もしっかり見ていますよ。 晩年になってからは石田三成の讒言のために窮地に陥る官兵衛。 あれほど相思相愛の間柄だった秀吉との関係性もウソのようです。 物語が徐々に佳境にせまる中で 今日のブログでは官兵衛が大活躍した 第30話・「中国大返し」を振り返って書いてみたいと思います。 本能寺の変が起こって 備中・高松から京・山崎まで駆け戻って 豊臣秀吉が明智光秀を討つまでを総称したのが中国大返し。 この歴史に名高い「中国大返し」っていくら使ったんでしょうか? 時代劇に出てくるお金のことが理解できればもっと歴史は身近になります。 お金のことが分かりやすくなるだかけで興味もわきます。 知りたくなりますよね。 先日も、そんな話になりました。 せっかくなのでボクなりに探っていきます。 当時、羽柴秀吉と名乗っていたころの秀吉の領土は 播磨を中心に備前・美作。さらに近江の