昨日の『東軒筆録』なる書物は、北宋の歴史を語るときしばしば利用される。著者は魏泰という男で、『宋史』に列伝もなく、科挙にも受からず、そこらで遊んで一生を終えた人間だ。その意味では「つまらない」人間の部類に入るのだが、彼の嫁が曾布の姉だったこと、そして王安石一家とも関係があったため、新法筋の情報をよくつかんでいたらしい。その著『東軒筆録』は北宋の政治史、特に新法前後の歴史を調べるのに不可欠な書物の一つとされている。 もっともそれだけのことであれば、あえて私が褒めることはない。そこそこ才能があるのに世渡りが下手で、貧乏くじを引いた人間。でも貴重な歴史の証言者として現在でも有用。これに止まる。私が魏泰をわざわざ取り上げて、褒めちぎろうというのは、彼が世間的に極めて悪質な人間だからだ。言葉を換えれば、魏泰はあまりにも人間的であり、あまりにも普通すぎる才人なのだ。 わずかに残る伝記をまとめると、魏泰