『復活の日』(ふっかつのひ)は、小松左京が1964年に書き下ろしで発表した日本のSF小説である。また、同作を原作に、(旧)角川春樹事務所とTBSの製作により、1980年6月に東宝系で公開されたSF映画である。英題は“Virus”。 空気感染・致死率100パーセントのウイルスと核ミサイルの脅威により人類死滅の危機が迫る中、南極基地で生き延びようとする人々のドラマを描いた作品。バイオテクノロジーによる破滅テーマの本格SFとしては日本ではこれが嚆矢(こうし)になった。執筆当時の香港かぜの流行、東昇の『ウイルス』、カミュの『ペスト』『戒厳令』、西堀栄三郎の「南極には風邪がない」という発言、また冷戦時代の緊張下で同じく人類滅亡を扱ったネビル・シュートの『渚にて』を下敷きとしている[1]。本作で地震について調べたことが、代表作『日本沈没』にもつながったという[2]。そして、福島正実の企画による早川書房
笠 智衆(りゅう ちしゅう[1]、1904年〈明治37年〉5月13日[1] - 1993年〈平成5年〉3月16日)は、日本の俳優。身長171cm[2]。 1925年(大正14年)に松竹に入社し、10年間ほど大部屋俳優として過ごした後、小津安二郎監督に見いだされ、彼の『大学よいとこ』で助演。以降『晩春』『東京物語』など、小津作品には欠かせない俳優となった。小津作品以外にも、木下惠介、岡本喜八、山田洋次、黒澤明等の監督の作品に登場し、貴重なバイプレーヤーとして活躍。一貫して日本の父親像を演じてきた。日本を代表する老け役の1人である。 経歴[編集] 映画俳優へ[編集] 熊本県玉名郡玉水村[1](現玉名市)立花で父淳心、母トシの次男として生まれる。生家は浄土真宗本願寺派来照寺[3]で、父が住職を務めていた。「笠智衆」という名前は本名である。玉水村立玉水尋常小学校、熊本県立玉名中学校(現熊本県立玉名
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