藤井聡太竜王・名人が30秒ほどで玉を上がると、永瀬拓矢王座は扇子をしきりにあおぎはじめた。詰まないことに気がついた顔だ。 9まで秒を読まれて自玉の詰めろを受け、天を仰ぎ、盤から目を背けて、髪を引きちぎらんばかりにかきむしる、何度も何度も。そして和服の上から膝を強く握る。藤井が歩で王手すると、永瀬は両手をあわせ、握りこぶしを作って頭を叩く。感情をむき出しにしている永瀬の姿を見て、胸が痛くなる。一手で盤面が全部狂ってしまう。人生までが変わってしまう。もし永瀬に1分でも、いや30秒でも残っていたら……。