皆さんこんにちは。 僧兵と聞いて、どんなイメージを持たれるでしょう。 記事先頭の絵巻に描かれたように、五条袈裟を頭に巻いた、裏頭(かとう)と呼ばれる装束で、薙刀や槍で武装した僧侶の姿を思い浮かべる方が多いんじゃないでしょうか。 源義経に仕えたと伝承される武蔵坊弁慶など、まさにこのイメージですね。 平安時代末期には南都北嶺と呼ばれた奈良の興福寺と比叡山延暦寺の僧兵は、時に朝廷をも屈服させる武威を振るい、中世までは諸国の大寺院は必ずと言ってよいほど僧兵を抱えて、武士とともに主要な武装勢力といえました。 寺の意に沿わないことがあれば、武装して押しかけるというイメージが強いかと思いますが、どうして彼らが強力な武力を身に着けていったのかは意外と知られていないんじゃないでしょうか。 僧兵の誕生 東大寺、興福寺の抗争 山門と寺門の争い 南都北嶺の抗争 僧兵たちの黄昏 僧兵の誕生 そもそも、本来殺生を戒め