2022年4月22日のブックマーク (1件)

  • 忽然と消えた西の日光、内山永久寺の跡を巡る(永久寺跡~石上神宮~なら芸術文化村) - 大和徒然草子

    皆さんこんにちは。 現在の奈良県天理市にあった内山永久寺は、江戸時代までは大和国の中でも屈指の大寺院であったにもかかわらず、明治の廃仏毀釈で跡形もなく消え去った寺院として知られます。 内山永久寺のあった場所はこちら。石上神宮の南側にありました。 内山永久寺は永久年間(1113~1118年)に鳥羽天皇の勅願により建立された寺院で、尊は阿弥陀如来。興福寺大乗院の末寺で、折からの地垂迹説の流行から近隣の石上神宮の神宮寺となり、室町時代には大きな勢力を誇りました。 当記事冒頭の絵図からもわかるように、池を中心とした浄土式回遊庭園の周囲を、堂をはじめとした多くの堂宇が取り囲み、天正期には56の塔頭を有する巨大寺院でした。 江戸時代に入ると興福寺の支配を離れますが、971石の寺領を持ち、大和国では興福寺、東大寺、法隆寺に次ぐ寺格を誇りました。 その壮麗な大伽藍からついた二つ名が西の日光。 どれだ

    忽然と消えた西の日光、内山永久寺の跡を巡る(永久寺跡~石上神宮~なら芸術文化村) - 大和徒然草子
    yamatkohriyaman
    yamatkohriyaman 2022/04/22
    ブログ更新しました。内山永久寺は奈良県天理市にあった大寺院で壮麗な大伽藍から西の日光と呼ばれました。廃仏毀釈で完全に破壊された跡を歩いてきました。近くに最近オープンしたなら芸術文化村もご紹介します。