一二度やったことがあるけど、もうやめようって思った。 この間そういう系の人の記事のブクマページを見てたら その人からの星がついていない人が歯抜けのようにポツポツといて、 それを見ただけでその人が誰のブコメを非表示にしているのか手に取るように判って、 自分が該当したわけでも無いのに冷たいナイフで心臓を刺されたようなショックを受けたから。 自分の記事についたブクマに星をつけるような人は フレンドリーな印象があったから余計にドキッとした。
1.はてなを叩く2.はてなブックマークを叩く3.はてなユーザを叩く4.はてなで話題になっていることに首を突っ込んで偉そうに語る5.ウェブサイトを彩る50のアイコン、みたいなエントリを書く6.話題の企業に電凸した記事を書く7.はてなを2ちゃんねるやmixiなどと比較した記事を書く8.最新のニュースに誰よりも早く間違えた突っ込みを入れる9.エロい、もしくは著作権を無視したアプリを作って公開する。10.はてなブックマークを集める○○の方法みたいなエントリを書く記事にして書く価値もなかったので匿名で公開。所要時間2分なりー。 とにかくはてなブックマークユーザははてなの話題になるとすぐ釣れる 5とか毎回ブックマークしてる奴はホントに有効活用できてんのかよと思う。 6は自分じゃ何もできないはてなユーザにピッタリ 8は自分を偉そうに見せたいはてなユーザにピッタリ。自分より劣った人を見つけて集団で叩いてあ
「年収260万円」と言ったら彼女の両親に馬鹿にされた男性…ネットで話題に 1 名前: 可口可楽(東京都) 投稿日:2008/08/19(火) 21:27:01.30 ID:SLSInix50 ?PLT 年収260万円と言ったら彼女の両親に馬鹿にされた男性 はてな匿名ダイアリーの「憂鬱だ」と題されたエントリーがネットで話題となっている。このエントリーは、著者(男性)が彼女の両親に初めて会いに言った際のことが書かれており、前半は待ち合わせの店に行くまでの著者の極限に緊張した著者の心理状態が書かれている。 後半では彼女の両親との会話のやりとりが書かれているのだが、年収を260万と言った 著者は、彼女の両親にひどく馬鹿にされ、娘の相手にはふさわしくないとまで言われて しまう。そして、著者が自分に自信を失い、別れたほうがいいのではと考えたところで エントリーは終わっている。 このエントリーに対しネッ
彼女に振られて1年以上経った。 振られた時にはこの世の終わりぐらいに悲しかったけど、最近自分の中でモヤモヤしてたことがはっきりしてきた。 僕が彼女の何が好きだったかっていうと、表向きは優しいところだけど、友達に言わなかった(言えない)本当の理由はセックスの相性だ。 テクニックとかアソコの締め付けとかそんなレベルの話じゃなくて、今まで付き合った彼女の中で一番気持ちが良かった。 実際アソコが気持ちいい女の子は別にいたし、テクニックなら風俗嬢の方が上手いし、おっぱいの大きな子なら別にいた。 彼女は今まで僕としか付き合ったことがなかったから初めても僕だし、僕とのセックスしか知らない。 今はどうか知らないけど別にどうでもいいし、そもそも別れた女がやりまんになってても知ったこっちゃ無い。 6年間付き合って、僕にとって最高の相手になるようにいろいろ教えたところ、僕の事が好きだったから何でも言うこと聞くの
…押してもいいんだぜ!懐かしいドラム缶をよ! (メタルマックス2 デスクルス看守の発言より引用) 当然話はこれからな訳だ。 かつてゲーム業界に、データイーストという異能集団があった。 異能とかなんとかいうといかにも中二病っぽい大仰な言い方になるが、彼らに限っては異能と言う他に言葉が見つからない。 彼らの作るゲームの特徴は、たった一言で表現出来る。 「自重を知らないゲーム作り」。 データイーストは、一方ではB-WINGやバルダーダッシュ、ウルフファングやマジカルドロップの様な良作・名作を生み出す傍ら、もう一方ではカルノフやチェルノブ、トリオ・ザ・パンチやザ・グレートラグタイムショーの様な、「普通のメーカーなら思いついても作らない」凄まじいゲームを世に送り出し続けた。彼らの凄いところは、いわゆるイロモノゲームのみに留まらず、例えばヘラクレスの栄光や神宮寺三郎といった「まともな」名作群にも、色濃
◎日本銀行金融研究所 貨幣博物館◎ 貨幣の散歩道 第27話 米将軍吉宗と元文の改鋳 テレビや時代劇でお馴染みの八代将軍吉宗は、徳川幕府中興の祖として名高い。吉宗は、享保の改革を通じて、五代将軍綱吉の放漫財政や災害の発生などにより危機的状況に瀕していた幕府財政を見事に立て直したのであった。とくに享保7年(1722)、町人請負方式による新田開発を解禁のうえ年貢米の増収を図ったり、米価の調整に腐心したことにちなんで、吉宗は米将軍とも呼ばれる。しかし、財政立て直しに最も寄与したのは、国内産業の振興策ではなく、実は元文元年(1736)に実施された貨幣の改鋳という金融面からのリフレ政策であった。この貨幣供給量の増加は物価の急上昇をもたらし、深刻なデフレ下にあった日本経済に「干天の慈雨」のような恵みを与えた。例えば大坂の米価は、改鋳直後の元文元年から同5年までの5年間で2倍にまで騰貴するなど、徳川幕府の
<テレビウォッチ>「いいとも」の技術スタッフのお通夜が先日あった。そこでタモリに久しぶりに会った。 タモリは、「シェー」などのギャグで知られる漫画家の赤塚不二夫さんの葬儀で弔辞を読み、その内容が良かったとか、実は手にした紙は白紙で「勧進帳」だったのでは、と話題になっていた。そこで聞いてみた。 すると、やはり白紙を手にした勧進帳だったのだそうだ。タモリによると、紙に書いていこうと思っていたが、前の日に酒を飲んで帰ったら面倒くさくなった。「赤塚さんならギャグでいこう」と白紙の紙を読む勧進帳でやることにしたそうだ。 弔辞は約8分にも及んだ。「赤塚先生」と呼び、そのマンガ作品との出会いから上京後に始まったつきあいを振り返った。そして「私はあなたに生前お世話になりながら、ひと言もお礼を言ったことがありません」「しかしいまお礼を言わさしていただきます」「私もあなたの数多くの作品のひとつです」などと話し
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