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historyに関するyasuhoのブックマーク (6)

  • ソフトウェアと「日の丸コンピュータ」|【Tech総研】

    ハードウェアとソフトウェアが分離され始め、今日の「コンピュータ」の概念が確立されたのは、1970年代。ハードの世界では、IBMの名機に対抗すべく、日のコンピュータ・メーカーが再編の道を模索していた。ソフトは「産業」としての形成と発展を始めていた。技術クロニクル(年代記)の第3回で描かれるのは、世界市場への挑戦を始めた日の「IT業界」の草創期です。 現在からはとても信じられないだろうが、1970年の大卒男子の初任給平均額は3万7800円だった。それが10年間で11万4500円に跳ね上がった。 国民の所得や企業の売上高ばかりでなく、技術開発の分野でも“高度成長”の時代だったといっていい。円の変動相場制移行や オイルショックといった大きな衝撃を、日の産業界は省資源化技術や省力化技術で乗り越えることができたのである。 IT産業は「電子計算機からコンピュータへ」の時代を迎えていた。1970年6

  • ゲーム論考:やまきた:このごろ堂 - 25年前のネットワークゲーム

     ◆このごろ堂 > ◆ゲーム論考 Name:山北 篤 25年前のネットワークゲーム Date:2005/12/4(日) 12:21 今回は、昔話をしよう。 パソコンを使ったネットワークゲームというのが、いつ出来たか。 あれは1980年、25年前の話だ。当時のパソコンは、PC-8001(88ですらない)とか、ベーシックマスターとか、そんな8ビット機の初期世代がようやく出ていたころだ。MSXすら、まだ存在していない。 そんな時代に、パソコンをつないでネットワークを作ろうとする大馬鹿者がいた。しかも、どこかの企業でも、大学の研究室でもない。(当時は)部室一つ持たない、単なるクラブのメンバーだ。 元々、クラブのT先輩が、卒論でLANの基礎理論をやったことが始まりだ。普通なら、紙の上で論文を書いて、それでお仕舞いになったはずだった。だがこのT先輩、作りたがりでやりたがりだったもので、クラブにやって

  • サービス終了のお知らせ

    サービス終了のお知らせ いつもYahoo! JAPANのサービスをご利用いただき誠にありがとうございます。 お客様がアクセスされたサービスは日までにサービスを終了いたしました。 今後ともYahoo! JAPANのサービスをご愛顧くださいますよう、よろしくお願いいたします。

  • 日本発の世界標準「ノートPC」の24年史|【Tech総研】

    新しい技術を生み育てるのは、エンジニア。同時に、エンジニアを育てるのは、技術そのもの。その人なしにはありえなかった技術の歩みが、その技術なしではありえなかった技術人生とともに語られる技術史連載。第1回は日が誇る「ノートパソコン」の開発24年史。 ノートパソコンは、日が生んだ傑作ともいえる製品ジャンルだ。 もともとポータブル型のパソコンは、机の上に設置するデスクトップパソコンに対して、膝の上でも利用できることから、「ラップトップパソコン」と呼ばれていたが、日のパソコンメーカー、部品メーカーが得意とする軽薄短小技術の採用により、小型軽量化が進展。これに伴い、持ち運びが可能なA4サイズのパソコンPCや、B5サイズのパソコンを、「ノートパソコン」として区分して呼ぶようになった。今では、ほとんどすべてのポータブル型パソコンをノートパソコンと呼んでいる。 まさに、日が誇る軽薄短小技術が、パソ

    yasuho
    yasuho 2008/01/24
    なつかしい機種がいっぱい
  • 兜町にアメリカの電算機がやってきた|【Tech総研】

    今、触れている技術は、いつどのように生まれ、育ってきたのだろう。今、生み出されつつある技術は、どのように育っていくのだろう。エンジニア自身が築いてきた、そしてつくっていく技術クロニクル(年代記)の第1回は、「IT」という言葉は存在せず、「プログラマ」「コンピュータ」さえ一般的ではなかった約60年前から始まります。 現在のコンピュータの原理が確立したのは1940年代、技術開発を加速させたのは第2次世界大戦である。米国は北アフリカでの戦車戦で砲撃精度を上げることを命題とし、イギリスはドイツの暗号を解読するという戦略的な狙いがあった。 ただし第2次世界大戦中に前線配備されたのは機械仕掛けの電動パンチカード・システム(PCS)、手回し式計算機、電動計算尺だった。あまり知られていないが、日海軍が世界に誇った戦艦大和の主砲塔には、砲弾の発射角度を算出する電動計算尺が装備されていたという。 電子計算機

  • マウスの父、ダグラス・エンゲルバート氏インタビュー

    マウスの発明者として知られるダグラス・エンゲルバート(Douglas Carl Engelbart)氏(1925~)は、マウスというその画期的な発明のみならず、現在のパーソナルコンピュータで当たり前のように使われているワードプロセッシングや、アウトライン処理、ウィンドウシステム、テキストリンクといった技術を世界で最初に紹介した人物である。 ワールドワイドウェブの考案者として知られるテッド・ネルソン(1937~)も、エンゲルバート博士の業績に強く影響されながら研究を進めてきたという。まさに、現在のパーソナルコンピューティング環境の原型を作った人物といっていいだろう。 ●すべては1945年に収束する 現在、ダグラス・エンゲルバート博士は、米カリフォルニア州フリーモントのLogitech(日法人名はロジクール)社の一角に、作業スペースを提供され、近郊のアサートンという街からそこまで、約16k

    yasuho
    yasuho 2006/03/22
    久々にニュース記事で感銘を受けた。ぼくもコンピュータは数十年あまり変わっていないように思う
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