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RMSとossに関するyheldのブックマーク (2)

  • ユメのチカラ: ビル・ゲイツの手紙

    古きよき時代のハッカー倫理はプログラムは自由に共有すべきものであった。当時プログラムに商業的価値はなかったし、コピーして利用することは理にかなっていた。 IBMがソフトウェアをアンバンドルしたことによって、ソフトウェアに商業的な価値が発生したのは60年代から70年代のころであろう。そしてこのソフトウェアのアンバンドルがまさにソフトウェア産業を発生させた。 これはメインフレームの世界であってホビースト達は自分たちでパソコンを組み立てプログラムを共有していた。 さて、当時のハッカー倫理ではプログラムをコピーすることは犯罪でもなんでもなかったが、パソコン向けのソフトウェアを書いたビル・ゲイツがそれに噛み付いた。彼はMITSという会社が作ったパソコン向けにBASICのインタプリタを書いたのだが、それをホビースト達が勝手にコピーしていると文句を言った。 それが、ビル・ゲイツの「ホビーストへの公開書簡

  • ユメのチカラ: フリーソフトウェアの価値観

    80年代に消滅しかけたハッカー倫理を実現するコミュニティは、リチャード・ストールマンの孤軍奮闘ともいうべき活動によって細々とだが生き延びていた。 リチャード・ストールマンはソフトウェアは私有すべきではないという信念のもとFSF (Free Software Foundation)を立ち上げ、GNU (GNU's Not Unix) というUnix互換のOSを作ろうとしていた。エディタ(emacs)、コンパイラ(gcc)、shell script (bash)、デバッガ(gdb) などなど様々なフリーソフトウェアを精力的に開発し、公開していった。 MITAI研究所はLispマシンの商用化によって壊滅的な打撃をうけていた。優秀なハッカーたちは高給で商用Lispマシンベンダに雇用され、ソフトウェアの共有は、知的財産権の名の下に不可能になった。DECがPDP-10のサポート中止した結果、彼らのよ

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