男の人が泣くのを見たのははじめてだったから、少し驚いたけれども、いやではなかった。かわいそうで心が痛んだけれども、自分に心を許して甘えてくれるのは少しうれしかった。落ち着くまで頭を撫でてあげるのが好きだった。そんなにしょっちゅうではなくて、結婚するまで三度ばかりあったことだった。かよわい人なのだと思った。心のやわらかい、やさしい人なのだと思った。実際のところたいていの人は彼をやさしいと言った。彼女はそれがうれしかった。そのようにして彼女は彼の妻になった。 彼らはともに職を持っていたから、家のことはあらかじめ決めて双方がおこなっていた。彼は時折それをできないことがあった。しかたないのねえと彼女は言った。笑ってそれをしてあげた。ありがとうと彼は言った。そのようなことが何度かあった。一度しなかったことを彼はその後もほとんどしなかった。してくれるかな、と彼女は言った。彼は何も言わなかった。彼女は待
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