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ブックマーク / parupuntenobu.hatenablog.jp (2)

  • 輸出実務者が書く、誰でもわかる韓国のホワイト国解除-前編 経済産業省通知解説 - 昭和考古学とブログエッセイの旅

    先月は全くブログを更新しなかったのですが、それには深い…でもないけれどそれなりの理由があります。 Twitterを見てくれている人はもうおわかりですが、わたくしBEのぶ、ついに「島流し」の期間満了につき土に戻って参りました。 鉄道がない場所から一気に新快速停車駅へ。それだけでも生活の根が変わった気がします。京都大阪まで電車一で行けるぞヒャッハー!!という感じで(笑) これについてはほんの挨拶代わり。じきに地元関連の記事が増えて行くと思うので、馴染んでるなと温かい目で見守ってあげて下さい。 で、今回のメインディッシュは当然こんな近況報告ではありません。近況報告くらいならTwitterでとっくに済ませています。 日韓国の関係が、史上最悪というほど険悪になっています。 そんな中、先月7月に経済産業省が、 「安全保障上の理由で韓国を『ホワイト国』から外します!目処は8月」 と通告しました

    輸出実務者が書く、誰でもわかる韓国のホワイト国解除-前編 経済産業省通知解説 - 昭和考古学とブログエッセイの旅
  • モダンガール、エアガール…昭和の「尖端ガール」たち - 昭和考古学とブログエッセイの旅

    昭和初期とはどんな時代か。これは政治・経済・文化・・・人によって切り口が変化します。それが歴史の多様性というもので、見方は一つではありません。 その中でも、社会史・女性史という点という観点から見ると、女性の社会進出が急激に広まった時代という見方があります。 女性は家庭に入り家事をやっていればいい・・・そんな古い価値観にヒビが入り始めたのは1920年代、大正末期のこと。 格的な社会進出が始まったのは昭和初期の5~6年頃ですが、その間接的な証拠に、女性の社会進出をもじった新語が、この時代に雨後の竹の子の如く出現しました。1930年前後の流行語辞典を見てみると、 「○○ガール」 という言葉が山ほどあらわれます。1920年代の辞書には全くなく、明らかにこの時代に生まれた言葉ということを物語っています。 大手を振って社会に出る女性たちを世間は、 「尖端ガール」 と呼んでいました。 「尖端ガール」っ

    モダンガール、エアガール…昭和の「尖端ガール」たち - 昭和考古学とブログエッセイの旅
    yooks
    yooks 2018/07/06
    デパガって最近まで使われてた気がすんだけど、おっさんなだけ?
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