(英エコノミスト誌 2014年6月28日号) 友好庭園を造成しようとする11年間の奮闘がソフトパワーについて物語ること アジア文化をよく知る人にとっては、20年前にヒューストンに造成された落ち着いた日本庭園は回遊式の大名庭園だ。情緒に欠ける経済史家は、日本の台頭がパニックのようなものを呼び覚ました時に、狼狽した超大国・米国に差し出された和解のための贈り物を見て取る。 現在、その庭園は木陰の多い憩いの場となっていて、週末には、鯉がいっぱい泳ぐ池の横で写真を撮るヒスパニックの家族で混雑している。 ソフトパワーを誇示した日本の庭園外交 だが、庭園造成の発端は、1990年にヒューストンで開催された先進7カ国(G7)による緊迫した経済サミットと絡んでいる。日本の首相は会議の最中に、貴重な茶室を贈呈すると発表した。その翌年に造園工事が始まった。それから間もなくして、日本企業はロックフェラーセンターとペ