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ブックマーク / www.iwo-jima.org (2)

  • 遺骨収集

    太平洋戦争の最激戦地であった硫黄島では、2万2千余の日軍将兵と軍属が、昭和20年2月19日に 上陸を開始した約6万1千の米軍(これに倍する支援部隊あり)を相手に、実に36日間の死斗の末、 米軍の戦闘能力を半減させ21,900名が戦死しました。硫黄島の地下壕は全長18kmあり、壕口も 約千個あったと言われており、戦後、米軍の手により閉鎖された地下壕も多く内部に何体の遺骨が 残されているのかは不明です。また、地下壕内は地熱が高く正に、灼熱地獄の暑さと落盤の危険、 堆積した土砂や不発弾などで、遺骨収集作業は遅々として進みません。 硫黄島協会は現在、厚生省及び防衛庁、日遺族会、小笠原村在住硫黄島旧島民の会、日青年遺骨収集団、 小笠原村等と協力し、全ての遺骨が故郷に戻るまで、現在は年に2回の各1ヶ月に亘る遺骨調査・収集を 行っています。 近年はローラー作戦で大規模な作業を行い著

    yuiseki
    yuiseki 2010/12/26
  • 遺骨収集について

    硫黄島協会は毎年、生還者・遺族が中心となり、政府が実施する遺骨収集に協力しております。 硫黄島は活火山であり、島全体に硫黄の独特な匂いが漂っています。地下壕内は高度な地熱 (40度から80度近くに達する)がある上、通路は狭く、天井は低く、また、地熱で乾燥した 砂が舞い散る苛酷な条件下です。 そうした中、収集団は息苦しさにも耐えながら土砂を掘り、運搬をしながらご遺骨を探すと 言う地道な作業を繰り返し続けています。ご遺骨・ご遺品で名前の判るものや手掛かりが あるものも有りますので、細心の注意を払い作業を進めていきます。ご遺骨発見の際、 殆どの収集団員は、無言の涙を流しながらご遺骨を丁寧に抱きかかえるようにして収集しております。

    yuiseki
    yuiseki 2010/12/26
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