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2021年10月8日のブックマーク (2件)

  • すぎやまこういち先生逝去 – Mitsuda's Diary

    ドラゴンクエストのみならず、数多くの名曲を世に生み出したすぎやまこういち先生が亡くなられたというニュースを見てショックです。すぎやま先生とはスクウェアに入社し、間もないときに「半熟ヒーロー2」という作品で一緒にお仕事をさせてもらい、先生の曲を打ち込み、スーパーファミコンに組み込んでいくという作業をさせてもらったのが最初の出会いでした。ちょうど20歳になったばかりでした。右も左もわからない自分に優しく、時に厳しく接していただいたのを今でも忘れません。いまだによく覚えているのは、すぎやま先生宅に譜面を取りにいったり、途中経過を聞かせにいったりした時のことです。先生のお宅はまさしくゲームでいうダンジョン。玄関から先生がいらっしゃる音楽室(最上階、当時はボス部屋と呼んでいました)まで一度として迷わず辿り着いたことがありませんでした。その度に、大声で「先生すみません、迷ってしまいました」と呼びかける

    yuka_ne-san
    yuka_ne-san 2021/10/08
    「先生がいらっしゃる音楽室(最上階、当時はボス部屋と呼んでいました)」
  • すぎやまこういち先生のこと - いつか電池がきれるまで

    www.itmedia.co.jp 90歳というのは、人生を終えるのには早すぎる、という年齢ではありません。 『ドラゴンクエスト』シリーズの最新作が発表されるたびに、僕は内心、すぎやまこういち先生の姿を思い浮かべ、どうか先生がずっと『ドラクエ』の音楽をつくり続けてくれますように、と願っていました。 堀井雄二、鳥山明、そして、すぎやまこういち。 この3人のうち、誰が欠けても、それは僕にとっての『ドラゴンクエスト』ではないから。 僕は高校時代、家の近くの『ベスト電器』のマイコンコーナーで、すぎやま先生の音楽をずっと聴いていました。 当時はまだマイコン(今のパソコン)が世の中にようやく浸透しはじめた頃で、そのマイコンコーナーには、新しもの好き、機械好きの人たちが集まっていたのです。 マイコンコーナーでは、さまざまなゲームのデモが流れていて、僕は何時間も、そこで『イース2』や『ザ・スクリーマー』『

    すぎやまこういち先生のこと - いつか電池がきれるまで