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ブックマーク / lessor.hatenablog.com (6)

  • 親の遠慮にも配慮してほしいとは思うけれど - 泣きやむまで 泣くといい

    学校には連絡帳というものがある。仕事上、しばしば目にする。 自分が子どものとき、親と教師の間でどんなやりとりがなされていたのか、ほとんどもう記憶がない。いま小学校などで一般的にどんな使われ方をしているのかもよく知らない。それでも言えることとして、障害をもつ子どもの親にとって先生と交わす「連絡帳」の意義というのは、一般的なそれよりも大きなものではないかと思う。 なぜなら、帰宅後に学校での出来事を話せる子どもばかりではないから。そんな報告ができるのは、むしろ少数派だろう。報告やコメントというのは高度なスキルが求められる営みであって、とりわけ言葉をもたない子どもにとっては難しいコミュニケーションである。 学校でどんな授業があって、子どもがどう学んでいるのか。連絡帳に書かれている内容が親にとっての数少ない情報源となる。連絡帳は一方向的なものではなく双方向のものであるから、熱心な保護者は家での出来事

    親の遠慮にも配慮してほしいとは思うけれど - 泣きやむまで 泣くといい
    yukkie_strike
    yukkie_strike 2014/06/11
    んー。ただ、たぶん「機能」だけを追加してもあまり効果は無い気がする。教員の時間的制約が大きく影響しているだろうから。/電子すれば電子カルテ的な、学年・学校全体で情報を共有できるメリットはあるかも。
  • 学生なのに、か、学生だから、か。 - 泣きやむまで 泣くといい

    学生たちが新人ボランティアの勧誘準備にはげむのを見て、思う。 学生なのに、学生に訴えかける方法や言葉をもっていない。 むしろ学生だから、なのだろうか。 入学式の日に時間があったので、自分自身も久しぶりに大学へと足を運んでみたが、どの団体・サークルもやっていることはおよそ20年前と何も変わっていないように見えた。これは「前の年に先輩がやっていたこと」「自分が先輩にされたこと」をずっと踏襲しているからではなかろうかと思う。 そして、他団体や他の社会的活動との差別化ができない。せっかく学外の障害児支援NPOのスタッフとして活動しているのに、活動内容の説明ができるだけで、それが社会に、あるいは活動者自身に何をもたらすのか、を具体的に伝えられない。別に障害児支援でなくても、ボランティアでなくてもよいような説明にしかならない。これは大学4年間を終えて卒業するスタッフも同じようなもので「仲間がいっぱいで

    学生なのに、か、学生だから、か。 - 泣きやむまで 泣くといい
    yukkie_strike
    yukkie_strike 2013/04/09
    これは「学生だから」なのかも。「教え方は変えられる」という視点がなければ考えることもないし。そもそも変える必要を感じていないこともあるだろうし
  • 「選びがたさ」のスペクトラム - 泣きやむまで 泣くといい

    知的障害をもつ子どもにとって「選ぶ」のは容易くない。提示されたものの中から「選ぶ」というのもひとつの能力で、「選んでいい」ということがわからない子もたくさんいる。「人に選んでもらう」ことに安心して済ませる生存戦略の子もいる。 しかし、最もしんどいのは「この中には自分の選びたいものが、ない」と表現するのが難しい子だろう。 その子は無理をして選ぶ。人が選んだのだからと周囲は与える。「選べた」ことを喜んで与える。しかし、当は望んでいないから、人は我慢しながら受け入れる。あるいは、どうしようもなくなって爆発する。我慢が積み重なって、数年がかりの時間をかけた大爆発はしばしば強烈だ。 もっと複雑な形もある。その「瞬間」の希望として選んでいるが、先々のことまで考えずに選んでしまい、混乱する。いつものやり方から外れていき、どちらへ進めばいいのかわからなくなる。もとの軌道に戻ることができない。混乱のあ

    「選びがたさ」のスペクトラム - 泣きやむまで 泣くといい
    yukkie_strike
    yukkie_strike 2013/04/09
    ううむ。ご飯食べるときとかに、わたしはすごい悩んでしまうのだけど、それをもっと難しくしたら、、、などと考えるとそれは辛そうだ
  • ■ - 泣きやむまで 泣くといい

    行政の某課で産休とか異動とかあって、明らかに人手が足りないにも関わらず、年度が変わっても全く人員が補充されていないので、いったいどういうつもりなのだろうかと思っていたら、そうではなかった。ちゃんと募集して、採用もされていた。 ただ、3日で辞めたらしい。短期間過ぎて、存在に気がつくことさえなかった。 そんな話を聞きながら、こちらも仕事や運営の愚痴をこぼすという不思議な関係。

    ■ - 泣きやむまで 泣くといい
    yukkie_strike
    yukkie_strike 2012/05/20
    そこで、やめた人の資質について愚痴るか、職場環境や研修についての検証を図るかで、その職場の定着率は変わってくるのかなー、と思った。……そしてわが身を振り返り、反省。/とはいえ現場は困っちゃうよねこれw
  • 「病気じゃなくて、障害です」に込められた意味は - 泣きやむまで 泣くといい

    なんとなくYahooのトップに障害関係の記事が出ると、何かしらのコメントをつけなければいけないような気がする(自意識過剰)。 「自閉症」表現でおわび=テレ朝「Qさま!!」 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120516-00000097-jij-soci テレビ朝日のクイズバラエティー番組「Qさま!! 」で、自閉症の表現に問題があったとして同局は16日までに、番組ホームページでおわびと訂正を行った。 同局によると、14日の放送で、先天的な脳の機能障害と考えられている自閉症を、「ここ10年で患者数が増えている病気を選びなさい」という問題の正解の一つにした。同時に使ったイラストも誤ったイメージを与える表現だったという。 要するに「病気じゃないものを病気と言ってしまってごめんなさい」ということであるらしい。ところが、Yahooでこのニュースを取り上げた複数の

    「病気じゃなくて、障害です」に込められた意味は - 泣きやむまで 泣くといい
    yukkie_strike
    yukkie_strike 2012/05/20
    同意しつつ。病気だって社会の支援があればより生きやすくなるし、各種の障害だって本人の努力によってQOLが向上するだろうし、、、結局、「はっきりした」線引きは難しいのだろうな、と思う。
  • 「発達障害による生きづらさ」に向けられる視線 - 泣きやむまで 泣くといい

    当該の番組を見ながら、関係者が少し感じていた不安が的中した気もするが、そう言っているだけでは済まされない論点も提示されていると思う。 赤木智弘氏のツイートに激しく落胆した件 あるいはアスペルガー症候群者と定型発達者の「間」で起こることこそが問題なのだということ http://mindgater.hatenablog.com/entry/2012/05/19/022041 18日夜に、NHKの『情報LIVEただイマ!』という番組で「大人の発達障害」について特集があった。その中で「上司からの誘いを『見たいテレビがあるから』と帰ってしまう社員」などが「発達障害者」として例示されたりした。全体に「相手の気持ちがわからない」ことを自閉症の特徴として強調した部分が多かったのである。 実はこの番組、「血液検査でASD(自閉症スペクトラム障害)かどうかがわかる」という内容が事前から広報されていたため、それ

    「発達障害による生きづらさ」に向けられる視線 - 泣きやむまで 泣くといい
    yukkie_strike
    yukkie_strike 2012/05/20
    発達障害は、彼らにあった教育やコミュニケーションを行うことで彼らの「生きづらさ」を軽減できるわけで、それを知ることや知識を活用することは発達障害じゃない人にもメリットがあることだと思うのだけど、ねぇ。
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