本稿では、内井惣七氏が論考「道徳起源論から進化生物学へ」(以下、この論文からの引用は「第○節」という節番号で示す)で展開した還元主義のプログラムを批判的に検討していきたい。内井氏は道徳的価値を非道徳的な価値に還元するという意味での還元主義のプログラムをすすめているが、進化論からの道徳の起源に関する知見が、このプログラムに重要な役割を果たす、というのが内井氏の見込みである。わたしは内井氏の還元主義のプログラム自体にはシンパシーを抱くが、内井氏の引用するような進化論からの知見がどれほどそのプログラムに役に立つかについては懐疑的である。むしろ、道徳性を文化的産物と見なして、進化の歴史から切り離して考えた方が実り多い議論ができるのではないだろうか。本稿では以上のような点について掘り下げてみたい。 6 規範倫理学の基盤としての進化論生物学 進化論からの知見ははたして規範倫理学の問題を考える上で役に立