乃木坂倶楽部 十二月また来れり。 なんぞこの冬の寒きや。 去年はアパートの五階に住み 荒漠たる洋室の中 壁に寝台(べつと)を寄せてさびしく眠れり。 わが思惟するものは何ぞや すでに人生の虚妄に疲れて 今も尚家畜の如くに飢ゑたるかな。 我れは何物をも喪失せず また一切を失ひ尽せり。 いかなれば追はるる如く 歳暮の忙がしき街を憂ひ迷ひて 昼もなほ酒場の椅子に酔はむとするぞ。 虚空を翔け行く鳥の如く 情緒もまた久しき過去に消え去るべし。 十二月また来れり なんぞこの冬の寒きや。 訪ふものは扉(どあ)を叩(の)つくし われの懶惰を見て憐れみ去れども 石炭もなく煖炉もなく 白堊の荒漠たる洋室の中 我れひとり寝台(べつと)に醒めて 白昼(ひる)もなほ熊の如くに眠れるなり。 三好達治選『萩原朔太郎詩集』岩波文庫・「氷 島」抄より