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ブログ・サイトと閉鎖・更新停止に関するAdYandWのブックマーク (4)

  • 更新の停止したブログに惹かれるのは、廃墟に惹かれるのに似ている。 -

    廃墟の美学だとか廃墟論だとかをおれは知らないのだけれども、廃墟ってのはようは建物から人を引いたもの、ってことなのかな? だとしたら、更新の停止したブログというのは廃墟と同じであり、廃墟が美しいように廃墟ブログもまた美しいのかなーなんて。 美しいってのはちょっと違うかもしれないけど。ちょっと惹かれる。 いまここに二つのブログがあるとする。ひとつはライブなブログで、もうひとつは更新の停止した廃墟ブログ。 ライブなブログに接するときには、コメントやブクマなんて道具を持ち出すまでもなく読むだけで書き手に影響を与えてしまう。すごく好きな文章や写真がもしかしたら自分が見たことで好きでない方向に変容してしまうかもしれない。あるいは書き手からのなんらかのレスポンスによって、あるエントリから受けた印象ががらっと変わってしまうかもしれない。 一方、廃墟ブログは見ても読んでも変わらずそこにある。読むことで廃墟が

    更新の停止したブログに惹かれるのは、廃墟に惹かれるのに似ている。 -
  • ご挨拶 - kmizusawaの日記

    はてなポイントと一緒に気遣いのメッセージをいただいたので(ありがとうございます)とりあえず近況を書いておくと、現在、このブログをはじめ、はてなブックマークや他ブログでのコメントなど、公開の場での発言・発信は一切停止しております。ここしばらくブログを更新しながら、ときどきいただく批判コメントやトラックバック等を参考にあれこれ考えた結果、「別に私が発言する必要なんてないんじゃないか」という結論に達しました。私はもともと「伝えたい」とか「共有したい」という感覚があまりなくって、書きたいことがメモ的に書ければいいので(長文になるのはただの癖)。また、表面的には個別のエントリ内容への批判の形で、事実ではないことや勝手に思い込まれた意図を前提に、まったく関係ないところに政治的スタンスを持ち出されたり人間的な信用を貶められるような道徳的な批判を何度もなされることにうんざりしたというのもあります。私自身は

    AdYandW
    AdYandW 2007/05/12
     残念です。いままで、ありがとうございました。
  • ブログが死ぬとき | 九十九式

    [15] 形あるものいつか壊れる。命あるものいつかは滅びる。ブログも生き物なので、いつかは死んでしまうのです。という与太話です。 ウサギは寂しいと死んでしまうそうな。嘘か当か知らないけど(嘘だけど)、むかし酒井法子がそう歌ってました。 では人はどうなると死んでしまうんでしょうか。僕は、やることがなくなったときだと思っています。やることがないと、人は生きていけない。福まんが『銀と金』でも、地下の牢獄に閉じ込められて10年経った大学教授が発狂する様子が描かれています。僕も学生時代にインターネットと出会って救われました。 ではでは、サイトが死ぬときはどんなときでしょうか。これは簡単、更新を止めたときです。サイトは歩みを止めたとき、老いていくのだと思います。例えば情報サイトなどの種類によっては、1年も前に更新が止まっていると半分くらいの人は戻るボタンを押すと思います。 じゃあ、ブログが死ぬとき

  • 閉鎖するな!と言い張るのは単なる妄想に過ぎない - 白い戯言

    サイト(またはブログ等)を閉鎖してよかったと思いますか? 数日前に初めて人力検索はてなを使ってみた質問です。 最初は不安でいっぱいだったですが、コメントみんなしてくれたのでよかったよかった。 んで何でこんな質問したかというと、かなり前に紹介した記事にさかのぼります。 閉鎖じゃなく 以前私はこの記事を紹介したときにコメントで、 すっげぇこの気持ちは分かる。ていうか私もこの意見には大賛成だ。 と述べました。 けど今改めて考えてみると、自分自身が閉鎖を体験したわけじゃないのに、 何でこう自信を持って「更新停止に賛成すること」絶賛できるんだろう? そう思い始めたんですよ。 なので、実際こういうのは閉鎖した人に直接聞けば早いと思い方法を考えてたんですが、 先日はてなポイントを購入したことを思い出し、ポイントを使えば人力検索で質問できると思いうえの質問をしました。 そこで上の質問の回答者の文をかいつま

    閉鎖するな!と言い張るのは単なる妄想に過ぎない - 白い戯言
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