学術出版社の創文社が出しているPR誌で、「創文」というのがありますが、その2002年12月号に興味深い一文、「指月の譬え 後日譚:樋口陽一教授への手紙」* がありました。 *水波朗「指月の譬え」2001年6月『創文』、も参照 筆者は、水波朗氏で、元九大の法哲学者。 内容としては、要するに、 ------------------------------ 日本の主流の憲法学、法哲学者である美濃部達吉、佐々木惣一、宮澤俊義、 清宮四郎、黒田覚、芦部信喜、小林直樹、杉原泰雄、そして、樋口陽一等が、19世紀的な新カント派観念論の枠内(例えば、イェリネック、ケルゼン等)で事 を考えていて、20世紀に登場した様々な流派の存在論哲学に何の関心も持ってこなかった。しかし、新カント派観念論は数十年前に全世界的に死滅していて、 独、墺、佛、南米諸国、の多数の憲法学者は、今日では20世紀の存在論的諸哲学のいずれか