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ブックマーク / saavedra.hatenablog.com (2)

  • 豊崎由美氏は「書評」をどう定義しているのか?豊崎由美『ニッポンの書評』 - 明晰夢工房

    ニッポンの書評 (光文社新書) 作者:豊崎 由美 光文社 Amazon 豊崎社長とけんごさんの一件を見て以来、書評とは何かが気になってきた。書籍にどう言及すれば書評になるのか。せっかくだから、ここはトヨザキ社長の見解をうかがってみることにする。『ニッポンの書評』の第一講において、豊崎さんは作家と批評家、編集者と書評家の関係性について、このように解説している。 わたしはよく小説を大八車にたとえます。小説を乗せた大八車の両輪を担うのが作家と批評家で、前で車を引っ張るのが編集者(出版社)。そして、書評家はそれを後ろから押す役割を担っていると思っているのです。 これはかなり明快な整理だ。作品の構造を分析し、それが今書かれる意義を明らかにする批評家と異なり、「これは素晴らしいと思える作品を一人でも多くの読者にわかりやすく紹介すること」が書評家の役目だと豊崎さんは語る。書評家は読者と作品の間をつなぐ存

    豊崎由美氏は「書評」をどう定義しているのか?豊崎由美『ニッポンの書評』 - 明晰夢工房
    BIFF
    BIFF 2021/12/20
    「小説を乗せた大八車の両輪を担うのが作家と批評家」はさすがにオカシイ気はする。とはいえ書評家がそう思うのは自由だけど、書評家を名乗ってもいない人に俺様定義を根拠に絡むのはやっぱりオカシイ。。
  • 糸井重里氏のツイートと「他人は変えられないから自分を変えよ」という自己啓発的メッセージの限界 - 明晰夢工房

    先日、糸井重里氏のこんなツイートが話題になっていた。 わかったことがある。 新型コロナウイルスのことばかり聞いているのがつらいのではなかった。 ずっと、誰ががが誰かを責め立てている。これを感じるのがつらいのだ。 — 糸井 重里 (@itoi_shigesato) 2020年4月9日 責めるな。じぶんのことをしろ。 https://t.co/uLIz0k9cSd — 糸井 重里 (@itoi_shigesato) 2020年4月9日 このツイートへの反応の多くは批判的なものだ。なぜ政府の対応がおかしいことを責めてはいけないのか、という意見が批判の多くを占めている。糸井氏のツイートに政府を擁護する意図があるかはわからない。ただ、「誰かを責める声」の中には政府を批判する声も確実に含まれる。「責めるな」というメッセージは、政府への不満の声を封じることにもつながりかねない。だから反発を受けているのだ

    糸井重里氏のツイートと「他人は変えられないから自分を変えよ」という自己啓発的メッセージの限界 - 明晰夢工房
    BIFF
    BIFF 2020/04/10
    「修己治人」は一つの理想だし有益な発想だけど、流行らないし限界がある。政府への「批判」は大事だし必要だけど、正鵠を得るのが難しいしやはり限界がある。。
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