平出園子というのが老妓の本名だが、これは歌舞伎俳優の戸籍名のように当人の感じになずまないところがある。そうかといって職業上の名の小そのとだけでは、だんだん素人(しろうと)の素朴な気持ちに還ろうとしている今日の彼女の気品にそぐわない。 ここではただ何となく老妓といって置く方がよかろうと思う。 人々は真昼の百貨店でよく彼女を見かける。 目立たない洋髪に結び、市楽(いちらく)の着物を堅気風につけ、小女一人連れて、憂鬱な顔をして店内を歩き廻る。恰幅(かっぷく)のよい長身に両手をだらりと垂らし、投出して行くような足取りで、一つところを何度も廻り返す。そうかと思うと、紙凧(かみだこ)の糸のようにすっとのして行って、思いがけないような遠い売場に佇(たたず)む。彼女は真昼の寂しさ以外、何も意識していない。 こうやって自分を真昼の寂しさに憩(いこ)わしている、そのことさえも意識していない。ひょっと目星(めぼ